2023-01-01から1年間の記事一覧

現実論 ①

現実とはフィクションの世界に面倒な制約を加えたものだ、とかなんとか、昨日だれかが言っていた。 曰く、彼は現実という世界線の特別な価値をよく理解していないらしい。そうでなければ、想像のなかでならいくらでもできることをわざわざ現実でやろうとする…

現実世界

サイエンス・フィクションの舞台設定についてしばらく書いていたが、さすがにそろそろ飽きてきた。というわけで方向を百八十度変えて、現実世界の話でもしてみようか。 とか適当なことを言ってはみたものの、なにを書くのか決まっているわけではない。現実世…

延長意識

わたしの意識は、死んだら消える。 あなたの意識もそうだ。あなたの家族の意識もそうだ。あなたの友人の、恋人の、師匠の、仇敵の意識もそうだ。あなたたちの意識は死んだら消える。わたしたちの意識は死んだら消える。 そうではないと仮定してみよう。わた…

サイボーグ

いわく、その身体は無限の寿命を持つという。 肉体という不完全な形態を排除した、先進的で合理的な造形美。劣化とは無縁の完全体。数々の機構が相互作用するという点だけ取ってみればそれらはまだ肉と変わりないと言えるかもしれないが、その真髄は相互作用…

仮想空間 ③

仮想空間という舞台の特殊性を語るうえで、絶対に外せないテーマがひとつある。わたしたちが現実世界と呼ぶこの世界だって実は、どこかの上位存在にシミュレートされた仮想空間なのではないか、という問題である。 これは古典的な問いであり、もちろん結論は…

仮想空間 ②

サイエンス・フィクションは好きだが仮想空間ものはどうしても受け付けない、と主張する意見を目にしたことがある。わたしはこれには同意しないが、しごくまっとうな意見ではある、とも思う。 そう主張する理由は明快だった。物理法則によって制限されている…

仮想世界 ①

サイエンス・フィクションの領域は広いとはいえ、たいていの場所では物理法則が成り立つ。考えてみれば当たり前で、物理法則をわざわざ破壊するには、そうするだけの理由と説明が必要だからだ。そしてそうするだけの理由とは、おそらく二つ。物理法則そのも…

宇宙空間 ➄

宇宙生物モノ、とでも呼べばいいか。とにかく奇想天外な生命体(のようなもの)を考え、その生態を記述するというサイエンス・フィクションの一分野がある。その中では、ライフスパンが長すぎたり物理的実体を持たなかったり、個体という概念があいまいだっ…

宇宙空間 ④

宇宙空間という場を、単純な物理法則に支配される単純な世界だと定義しての話を、これまで数回にわたって続けてきた。サイエンス・フィクションの多くの割合がそういうイメージを利用していることは疑いようもないが、宇宙のもうひとつの側面についても一応…

宇宙空間 ③

世界のあらゆる複雑さを内包しているのが宇宙という空間であるにもかかわらず、宇宙と通常呼ばれるのは、非常に単純な場所である。というのも普通宇宙と言えば、この宇宙の全空間から、人類が暮らすこの地球の表面を除いた場所のことを指すからである。 昨日…

宇宙空間 ②

宇宙とはわたしたちを包み込むもっとも大きな空間であるから、そこには理屈上、ありとあらゆるものが存在しうる。したがって原理上の話をすれば、宇宙空間を舞台にしてしまえば、およそ物理的にありうるすべてのものごとをサイエンス・フィクションとして記…

宇宙空間 ①

サイエンス・フィクションの題材として辺鄙な村という舞台がいかに適しているかということについて、この日記では長々と一週間もかけて書いてきた。そろそろ書くこともなくなってきたころだし、ここはひとつ、べつの舞台について書いてみることにしよう。 宇…

村 ⑦

このジャンルだけに限った話ではないかもしれないが、サイエンス・フィクションはよく世界をめちゃくちゃにする。作者がそうしたところで読者はそれを自然だと感じることができ、その理由といえば、科学や魔法といったたぐいのものはそれだけの絶対的なパワ…

村 ⑥

進歩という観念の非存在と、それによる絶え間ない現状維持。サイエンス・フィクションの舞台としての古代の村を成立させるいちばんの要因が、その手の不変性である。 そこの住人は現代人とちがい、あらゆる意味での諸行無常を信じない。無常であるかどうかと…

村 ➄

科学という概念を持たない古代人は文明人とは違い、伝承や呪術やその他もろもろの非科学的なものごとを信じることができる。だれも進歩を目指さず、季節に応じた一定の周期で同じ生活を送り続けるかれらは現代人と違って、世の中の不変性を素朴に信じ続けて…

村 ④

科学的には矛盾の多いアイテムを登場させるために、それが引き起こす矛盾をだれも気にしないほどに原始的な村という舞台を用意する。サイエンス・フィクションがおそらく意識的に常用している、創作上のテクニックである。 現代にそういう村は多くない。だか…

村 ③

原始的な生活をいとなむ村に、ぽつりと置かれたタイムマシン。呪術と科学の区別はなく、物語と真実の区別もなく、ありえない言い伝えを本気で信じるかれらは、それをどう扱うだろうか。 それが過去あるいは未来とつながっていることを、かれらはきっと知らな…

村 ②

サイエンス・フィクションの世界と言われたときに最初に思い浮かべるような、ステレオタイプな世の中を想像してほしい。その場所の正体は未来の地球かもしれないしほかの星かもしれず、あるいは異世界かもしれないが、とにかくサイエンスという意味で、現代…

村 ①

サイエンス・フィクションということばを文字通りにとらえれば、それはサイエンスを題材にしたフィクションである。サイエンスであるからにはなんらかの科学が描かれている必要があり、そしてそれがフィクションであるためには、描かれる科学はなんらかの意…

物語の起承転結のうち、いちばん本質的なのはどこだろうか。この問いにはさまざまな答えがあるし、どの答えにもある程度納得のいく理由をつけることができる。けれど純粋な分量の話に限って言えば、いちばん文字が多いのは間違いなく「承」の部分だろう。 物…

起承転結

物語には起承転結が必要だとよく言われる。序破急とかいうのもあるらしいがここでは置いておく。とにかくその言わんとするところは、物語の各部分には話の中での役割があるということで、そのどれかが欠けてしまえば話はつまらないものになってしまう。 とい…

生体幕府 ⑧

「……核ミサイルを撃ち込みます」沈黙に耐えきれず、マットは答えた。 もちろん、納得のいく答えではなかった。たしかに母国には核兵器があるし、それを撃ち込むための優秀なミサイルだってあるが、こと核に関する場合、問題は明らかにそこではない。 「本気…

生体幕府 ⑦

「えっと……そちらのほうが便利だから、でしょうか」虚仮にされると分かっていながら、マットは将軍の質問に答える。 「またつまらない回答をありがとう、米国大使。理由なんてどうでもいいと思ってたところに、輪をかけてどうでもいいことを教えてくれるとは…

生体幕府 ⑥

「幕府開闢以来、この国はつねに進化し続けてきた」世界のすべてを見下しているかのようないつもの口調で、将軍は話し始めた。 「その原動力が何なのかはさすがに言うまでもないな、米国大使マット・タイソン。お前が祖国でまともな教育を受けてきたとはまっ…

生体幕府 ➄

「お前は国外追放だ」、と将軍は半笑いで言った。 徳川幕府第二十二代将軍・徳川家星。みずからのロボトミー化に執心するあまり政治をおろそかにしていた先代に代わって、三十代前半の若さで将軍位についた日本の最高位。この国には今どき珍しくほぼ全身が生…

生体幕府 ④

桜田門で馬を降り、マットは城内へと向かってゆく。 江戸城の敷地に、サイバネホースは入れない。前時代的とも言えるその規制は、百五十年前にこの地で起きた、幕府高官の暗殺事件に端を発している。 浦賀沖に現れた四隻の軍艦を生体兵器によって爆破し、大…

生体幕府 ③

江戸と言う無秩序な都市にありながら、この首都高速道路には、たった二種類のものしか存在しない。 ひとつはどこまでも不規則にそびえる、摩天楼や雑居ビルである。免震ウナギの群れががっちりとその足元を支えるそれらのビル群は、この地震の多い土地にあり…

生体幕府 ②

摩天楼に挟まれた高架道を、馬が、駆ける。 関東ローム層のやわらかい赤土が敷き詰められた、幅七メートルの道路。そこを、馬が、数えきれないほどの馬が、色とりどりのたてがみを思い思いにたなびかせながら、六列縦隊で、流れるように走り抜けてゆく。 首…

生体幕府 ①

その船は、これまでに見たどんな船よりもデカかった。 アメリカ東インド艦隊司令長官・マシュー・ペリーを載せた真っ黒な船。未知の動力で動くその四隻の巨大戦艦は、まるで蒙昧な列島に振り下ろされた鉄槌のように、海原からこちらを睥睨していた。 隣に立…

暗記と背徳感

なにかの役に立てるためにものを覚えるのではなく、暗記することそれ自身が目的になっているとき、暗記とは楽しい行動である。マニアックすぎる英単語や現地人しか知らない街の名前など、こんなものを覚えたところできっとなんの足しにもならないと思いなが…