2021-01-01から1年間の記事一覧

加害者の味方

上り坂と下り坂が同じだけ存在するのと同じように、加害と被害は量的な均衡関係にある。にもかかわらず、あなたは加害者か被害者かと世間に向けてアンケートを取れば、加害とは比べ物にならない量の被害が報告される……というのは、もはや周知の事実だろう。 …

ニーマルニーイチ、振り返りの時期

年の、瀬である。 とはいっても、今日が何の変哲もない、二日後にはすでに忘れている一日であることは疑いようもない。インターネットによく生息する、特別とされる日が特別でないことを必死で主張するあまりかえってその日を特別にしてしまう人間(例えば日…

語られる宇宙、眺められる自己

わたしとは何者かという問いに答えを出せるほど人生は長くないし、仮に不老不死の存在が天地開闢以来の歴史を生き続けたところで、やはりその問いは未解決で、棚に上げられ、忘れられたまま世界は終焉に至るだろう。さながらわたし自身がこの宇宙で最高位の…

手紙

拝啓 人類史というジャーナルは、あなたの名前を年表に掲載する判断を、すでに下しているでしょうか? ……気分を害されたのであれば、申し訳ありません。いまこの手紙を書いているこの時点では、わたしはこの程度の煽情にすら耐えられぬ人間にはなるまいと決…

初心

わたしが研究を始めてそろそろ五年が経とうとしている。初心忘るるべからずとはよく言ったもので、この頃になると、だんだん自分がなぜこんな人生を志したのか、なかなかよくわからなくなってくる。だから今日は、ちょうど書くこともないことだし、わたしが…

インターネットの教祖たちへ

インターネット広しといえども、その発言権の平坦さの中で、独自の思想を育て続けた人間はそう多くない。インターネットとはかつてないほどの情報の物量であり、そして物量とは、人の思想を変えるためのもっとも愚直で、そしてもっとも効果的な手段だからだ…

オタクとカスの強制力

このところ楽しみにしていたブログ記事、『歌会終』が公開された。この方々の前回作、『カスのプレバト』に笑わされ、そして魅せられたわたしは、今月のすくなくない時間を費やして、この『この世の終わりのような』短歌の投稿フォームを、短歌と、短歌のか…

頭脳の堕落

久々に、競技プログラミングのコンテストに出た。せっかくだから、たまには日記らしいことも書いてみることにしよう…… ……とまあ、お気づきの通り、そんなことをする気はない。こういう書き出しで結局わたしの行動をなにひとつ書かないことについて、わたしに…

反省文 (惰)

また会ったね。わたしだ。 きのうはきみに、見苦しいところを見せてしまったね。再会を祝して思い出話に花を咲かせでもすればいいところを、わたしはきみに誤解されたくない一心で、わたしの自堕落についてだけ語って帰ってしまった。 すまなかった。本当に…

中間反省文

お久しぶり。わたしだ。 前回きみに話しかけたのは、ちょうど五十一日前になるはずだ。はずだと言ったのはわたしにその記憶がないからで、ちょうど五十一日前だとわかるのは、単に昨日の日記のタイトルが、例の連載小説のまがい物が第五十回に到達したと告げ…

カンニバル食堂 50

まるで塹壕を移動するかのように、ふたりは這い進んだ。低すぎる天井のおかげで、それは困難を極めた。腕のひとかきで大きく進もうとステファンがすこしでも頭をもたげるたびに、彼の頭は天井を擦り、髪を埃にまみれさせた。その逆に、頭を低く保とうと試み…

カンニバル食堂 49

あれから、どれほどの刻がたっただろうか。 機械音のない静けさに、ステファンは目を覚ました。あたりは暗く、居場所はわからなかった。ここはどこかの部屋なのだろうか? あるいは、目的も知らぬ施設だろうか? それとも、ステファンの耳がおかしくなっただ…

カンニバル食堂 48

ステファンはとっさにキャサリンを背負い、ボブたちのあとを追った。「わたしは置いていって」――そうキャサリンは言ったが、彼女の破滅願望には付き合わないと心に決めていた。 内臓を焼かれるほどの疲労の中でも、ステファンはアンナのことばを聞き逃さなか…

カンニバル食堂 47

「わたしはボブの味方で、だからたぶん、アンナの味方だよ」 ステファンは言った。 ステファンの予想通り、アンナは納得しない様子だった。「でも、ステファンはそのひとのともだち」 ステファンはアンナの、そしてボブの認識を推察した。ふたりは、キャサリ…

カンニバル食堂 46

「このひと、おとうさんとはなしてた。にせもののおとうさんと」 アンナは話し始めた。その話しぶりに、ステファンはアンナがまだほんの子供であることを再認識した。たとえその少女が、肉人の部屋で数えきれないほどの日々を過ごしたのちになお、外の世界を…

カンニバル食堂 45

その純真さ故に、子供とはもっとも残酷な生き物だ。 子供は自制を知らない。だから、思ったすべてを口に出す。さらに言えば、子供は倫理を知らない。倫理とは長い人生の中で、少しずつ身につけてゆくものだからだ。だから子供の思想は自由だ――それが許される…

カンニバル食堂 44

「何を!」 キャサリンのうめき声に鈍い音が続き、ステファンは反射的に振り返った。少し前とまったく同じように、彼女はコンベアに倒れ伏していた。頭はコンベアの壁に打ち付けられ、壁と地面の隙間が彼女の金髪を引っ張った。 「大丈夫か!?」 ステファン…

カンニバル食堂 43

「おう! こっちだ!」 コンベアの曲がり角から、ボブの身体が飛び出した。顔は良く見えなかったが、天井の光を反射する無精髭で、ステファンにはその姿が、ボブその人だとわかった。キャサリンは友人どうしの再会を邪魔しないよう、洗練された直立姿勢で、…

カンニバル食堂 42

「ボブか?」 ステファンは叫び、あたりを見回した。「どこだ? どこにいる?」 「こっちだ、ステファン!」 ボブの声、きわめて明確な指示。だが空洞による幾重ものこだまと、あまりに複雑に絡み合う経路の影響で、その方向まではわからなかった。 「誰って…

カンニバル食堂 41

キャサリンは沈んだ声で、ゆっくりと続けた。「ここの人たちは……残酷。とっても、残酷。彼らはまるで、人権というものを気にしないの。 彼らにとって、わたしたちは肉人と同じ。意志があるかどうか、それをわたしは大切だと思うけれど、彼らはそうじゃない。…

カンニバル食堂 40

「興味深い話だ」 ステファンは言った。 キャサリンの話は、ステファンにたくさんの興味深い洞察をくれた。そのなかでも最初のものは、ステファンを取り巻くビジネスについてだった。 「人は誰かに育てられて、はじめて人になる」、そうキャサリンは言った。…

カンニバル食堂 39

「とにかく、わたしはすぐに組織をやめたわ」 他人事のような口ぶりで、キャサリンは話を進めた。 「引き留められることはなかった。それでまったく構わなかった」 まとめて吐き出される、腹立たしくくだらない記憶。「むしろ引き留められていたら、わたしは…

カンニバル食堂 38

「さっき、あなたも見たわよね。発育した肉人を」 キャサリンは続けた。その上目遣いはステファンに共感を求め、その控えめな声は協力の意思表示だった。彼女は、ステファンを同類だとみなしたいのだ。「あなたはどう思ったかしら?」 「踏みつぶされていた…

カンニバル食堂 37

「……ごめんなさい。こんなことを言われてもわからないわよね」 ばらばらに壊れた工作機械のような沈黙を、沈んだ声がやわらかに砕いた。その声は控えめで、だがその奥には、浮かされたような熱気が妖しく光っていた。 「あなたがやったのと同じように、わた…

カンニバル食堂 36

キャサリンは、床のコンベアを抱え込んで泣き出した。長い髪が乱暴に散らばり、コンベアの隙間に挟まった。その髪は音を立てて抜け、だがキャサリンは構わなかった。 「わたしは! 繰り返した! 同じ過ちを!」 いまだ事情は分からなかった――なぜキャサリン…

カンニバル食堂 35

「わたしはあらゆる手をつかって、その工場の正体を突きつめようとした」 思い返すように、キャサリンは目を細めた。その視線はステファンの顔を、天井の機械と配管を超え、カリフォルニアの無垢な空をまっすぐに貫いていた。 「わたしにはそれができるって…

カンニバル食堂 34

「笑っちゃうでしょう」 キャサリンは続けた。「もちろん、あの組織はもうないわ。いまこれを言うのは気が引けるけれど、正直に言っていまの反人肉活動は、もう少しきちんとしている」 ステファンは言った。「失礼かもしれないが、人肉食協会としては、その……

カンニバル食堂 33

「大学生のときのわたしには、いまのこんな状況は想像もできなかったでしょうね。わたしが裏切り者として収監されることも、それどころか、わたしが人肉食関連の仕事をしていることも」 キャサリンは話し始めた。丁寧に化粧された両の目尻には、まだ涙の一筋…

カンニバル食堂 32

「最初に、あなたには謝っておかなければいけないわ」 ステファンが聞くまでもなく、キャサリンは話し出した。充血した両目に落ち着きが戻り、狂乱の中に秩序が生まれた。血と涙の臭いの中に、ステファンは香水のラベンダーをほのかに感じた。 「わたしがあ…

カンニバル食堂 31

「閉じ込められた、だって?」 ステファンは立ち止まった。「きみは社員だろ?」 返事はなかった。まるで壊されたショーウィンドウのマネキンのように、彼女は横たわり、流されていた。 「どうした? 大丈夫か?」 ステファンは駆け戻った。そうできるだけの…