生体幕府 ⑦

「えっと……そちらのほうが便利だから、でしょうか」虚仮にされると分かっていながら、マットは将軍の質問に答える。

 

「またつまらない回答をありがとう、米国大使。理由なんてどうでもいいと思ってたところに、輪をかけてどうでもいいことを教えてくれるとはな。さておきとにかく、日本はこうして生物学的に強くなっているわけだ。お前の国がこれに敵うと思うか?」

 

「いいえ、かないません。非常に残念ながらわたしたちの国の技術は、綱吉公の時代の日本にすら及んでおりません」

 

「で、姑息なお前はその技術を盗みに来たわけだ」

 

 腹は立つが、これに関しては反論できない。マットは正直に答える。「それが祖国の命令でございますから」

 

「ふん」将軍は鼻で笑う。「まあそんなことはどうでもいい。ちょっと眺めにきたくらいで盗めるようなもんじゃないからな」そして突然口角を正し、言う。「それより、もう一度聞いてみよう。お前の国は我が国に敵うと思うか?」

 

 今度ばかりはマットも、将軍の意図を図りかねた。馬鹿にして笑おうとしているのではないということだけは分かるが、ならなんだというのだろう? マットは目の前の貧相な男を、権力を盾にただくだらない嘲笑を繰り返すだけの、歪んだ無能な男だとしか思っていなかった。だがいまの表情には、一国の主としての風格が浮かんでいた。

 

「敵いません」とりあえず、マットはことばを紡ぐ。これが所望の答えではないことは明らかだが、黙り込むよりはまだマシだ。「どうして敵う理由がありましょうか。笑われるでしょうが、わたくしたちの国では、車輪付きの車が道路を走っているのですよ」マットは心細い気持ちで将軍の反応を待った。だが将軍は顔色一つ変えない。

 

「質問を変えよう」将軍は言う。「仮定の話だが、お前の国が我が国と戦い、どうしても勝たねばならぬとなったら、お前の国は何をする?」

 

「……」今度はマットも押し黙った。答えなければならないのに、ことばは出てこない。いや。マットは幼少期からずっと、日本を強大な技術国だと思って生きてきた。鎖国政策のおかげでその内情は見えてこないけれど、とにかく底知れない力を持った、アンタッチャブルな存在だと思っていた。日本の戦争を想像しなかったわけではないが、それはつねに、不気味な覇者からいかにして逃げ切るかという闘争でしかなかった。

 

「どうだ」将軍は訊ねる。その顔にいつもの嘲笑が浮かんでいてくれればどれほどよかったか、とマットは思う。「曲がりなりにも外交官なら、それくらい考えているものだと思っていたが」