生体幕府 ➄

「お前は国外追放だ」、と将軍は半笑いで言った。

 

 徳川幕府第二十二代将軍・徳川家星。みずからのロボトミー化に執心するあまり政治をおろそかにしていた先代に代わって、三十代前半の若さで将軍位についた日本の最高位。この国には今どき珍しくほぼ全身が生身の身体で、臓器や皮膚の置換どころか、刺青ひとつ入れてはいない。唯一右上奥歯の金歯だけが、彼が生まれて以来、新たに取り付けられた身体のパーツである。

 

 マットはどうしても、この男が好きにはなれない。生身の身体においては日の光を浴びていないことを表す極端に色白な肌は、マットがまだ母国で修行していたころに持っていた、勇猛なサムライのイメージにまったくそぐわない。座布団を積んで作った椅子に座るそのぎこちない姿勢も、つねに顔に張り付いている気色の悪い薄笑いも、短すぎる髪で申し訳程度に結ったちょんまげも、すべてが気に入らない。

 

 しかし当然、そのことを態度に出すわけにはいかない。相手は将軍なのだ。気に入らないお抱え外国人の首を飛ばして代わりにウサギの頭を取り付けることくらい、簡単にできる。マットはつとめて人当たりのいい笑顔を保ちながら、丁寧に聞き返す。

 

「追放、でございますか。それはいかなる理由でございましょう」

 

「ほう、お前は疑問を抱くのか。吾輩が追放だと言ったから、それ以外に理由が必要か?」将軍はわざとらしく歯を見せ、彼が獰猛だと考えているらしき笑みを見せる。マットの心臓は潰れそうになるが、ここで引くほうが将軍の気分を害するのだということを、これまでの経験から心得ている。

 

「僭越ながら、聞かせていただきます。というのも、ふつつかながら、わたくしが追放されるべき理由にまったく見当がつかないのです」

 

「なるほど。気になるか。ならば今日は機嫌がいいから、特別に説明してやらぬこともない」

 

「ありがたき幸せに存じます」とマットは言い、直後におのれの過ちに気づく。なぜだかは分からないし、おそらく悪い冗談で言っているのだろうが、自分は追放されることになっているのだ。その状況が、ありがたき幸せであるはずがない。将軍はそういう言葉遣いに厳しい。言い換えれば、揚げ足を取るのが大好きなのだ。

 

 危惧した通り、将軍は指摘した。「ほう。追放されるのが幸せか。それは良かった。なら、話は終わりだな」

 

「いえ、申し訳ありません。幸せではありません。将軍様のもとで、これからも粉骨砕身働きたく思います」マットは思ってもみないことを言う。思ってもみないことを言うのはお互い様である。将軍はにやりと笑い――マットが思うに、曲がりなりにも本心からの笑みではある――、気障りな声で話し始めた。