2023-08-01から1ヶ月間の記事一覧

読書趣味 ①

読書趣味とはいいものである。自己紹介で毎回困ることになる、趣味の欄を埋めるのにちょうどいいからだ。 趣味というものをわたしたちは固く考えがちだ。とくにオタクを自称する界隈では、余計にその傾向が強い。オタクの集まりの中でなにかを趣味であると言…

優先順位の一番下

帰国し、控えていた学会発表も終わり、そろそろまた予定のない日々が戻ってくる。なかなか自由で素晴らしいことだが、さすがにもう、いくら自由があったところでわたしがそれを有効活用できる人間ではないということくらいは分かっている。 大昔、まだ学部生…

召使 ③

ってな感じのことがあったので、わたしはいま電器屋に来ている。 わたしの敬愛する祖母の教えのひとつに、家電を買うときは絶対に実物を見ろ、というのがある。どうやら若いころに物々交換サイトでさんざんぼったくられたことがあるらしく、それ以来ネットシ…

召使 ②

「あーあ、こりゃ重症だね」ミナが諦めたようにつぶやく。「満たされない病もここまで来たか」 満たされない病、という表現は的確だった。わたしは聞こえないふりをして、手近なクッションに顔をうずめる。 「ほっとけよこんなの。どうせ死ぬまでこうやって…

三度目の感染

またコロナにかかった。なんとびっくり、これで三回目である。 ワクチンは三回打った。つまりわたしには五回分の免疫があり、それでも発症した。できることなら免疫系を構成する白血球なりなんなりをとっつかまえて、真面目に仕事しろ、と問い詰めたいところ…

帰国

日本に帰ってきた。疲れた。向こうにいるときはそれほどでもなくても、いざ帰ってくるとやはり、身体に来るものがある。 海外によく行くひとならみな感じていることだろうが、原因はだいたいふたつのうちのどちらかである。ひとつ、向こうではいろいろと精神…

召使 ①

あーーーーーーっ。物足りない。物足りないったらありゃしない。 唐突に叫び出したわたしに、みんなの視線が、まるでスポットライトのように降り注ぐ。 「はいはい」と言ってにやにやと笑いながら、確かな手つきでわたしのグラスにチューハイを注いでくるの…

アホの反省

二人目のヒロインを設計してみた。ミステリアスに見せようとした結果、書いているわたしにもさっぱり内面が分からないキャラクターを生み出してしまった前回の反省を生かして、今回はなるべく、ひととなりのわかる存在を目指した。外から見てひととなりがわ…

アホの反省

二人目のヒロインを設計してみた。ミステリアスに見せようとした結果、書いているわたしにもさっぱり内面が分からないキャラクターを生み出してしまった前回の反省を生かして、今回はなるべく、ひととなりのわかる存在を目指した。外から見てひととなりがわ…

ヒロイン案2 ④

いじりは不発に終わった。彼女が口ごもったり、めちゃくちゃな反論をしてくるところをぼくは期待していたけれど、返ってきたのは「そうだった」という単純なひとことだった。 「じゃあ、食べない理由はないね!」彼女は陽気にうなずき、スプーンをふたたびぼ…

ヒロイン案2 ②

突然の意味不明な状況に、ぼくの頭をさまざまな疑問が駆け巡り、出口を求めて渋滞を起こしていた。そんななか、最初に口をついて出てきたのは、いちばんくだらない質問だった。 「……酔っ払ってます?」思わず、ぼくは尋ねる。 先輩はこんなことをするひとで…

ヒロイン案2 ③

「ごめんって。もうしないから、許して、ね?」丸テーブルを挟んだ向かいで、先輩が懇願するように両手を合わせている。すらりと高い背中を窮屈そうに丸めて、カフェのドア風に横髪が揺れている。 「だから言ってますよね。べつに怒ってはないですって」ぼく…

ヒロイン案2 ①

朝の公園って、なんでこんなに気持ちいいんだろう。 ひんやりと涼しい空気が街路樹の間を抜け、ベンチに腰掛けるわたしの肌を、軽くくすぐるようにかすめる。すっ、と軽快な勢いで軽く吸い込むと、わたしのなかのまだ寝ぼけていた部分に新鮮な酸素が行き渡っ…

ヒロイン案2 ①

朝の公園って、なんでこんなに気持ちいいんだろう。 ひんやりと涼しい空気が街路樹の間を抜け、ベンチに腰掛けるわたしの肌を、軽くくすぐるようにかすめる。すっ、と軽快な勢いで軽く吸い込むと、わたしのなかのまだ寝ぼけていた部分に新鮮な酸素が行き渡っ…

ヒロイン案2 ②

突然の意味不明な状況に、ぼくの頭をさまざまな疑問が駆け巡り、出口を求めて渋滞を起こしていた。そんななか、最初に口をついて出てきたのは、いちばんくだらない質問だった。 「……酔っ払ってます?」思わず、ぼくは尋ねる。 先輩はこんなことをするひとで…

再設定

旅先で精神が忙しいから、最近書いていたテーマを中断すると昨日、わたしは宣言した。結果、書くことがなくなって、毎日新しく題材を考え出さなければならなくなり、日記にかける時間が増えた。はっきり言って、馬鹿である。 テーマを考えるのは難しい。だか…

ヒロイン案2 ①

朝の公園って、なんでこんなに気持ちいいんだろう。 ひんやりと涼しい空気が街路樹の間を抜け、ベンチに腰掛けるわたしの肌を、軽くくすぐるようにかすめる。すっ、と軽快な勢いで軽く吸い込むと、わたしのなかのまだ寝ぼけていた部分に新鮮な酸素が行き渡っ…

再設定

旅先で精神が忙しいから、最近書いていたテーマを中断すると昨日、わたしは宣言した。結果、書くことがなくなって、毎日新しく題材を考え出さなければならなくなり、日記にかける時間が増えた。はっきり言って、馬鹿である。 テーマを考えるのは難しい。だか…

文字を見る

大人になってから気づいたことだが、わたしにはどうやら、文字に引き寄せられる習性があるらしい。 たとえば観光で、どこかの宮殿か教会か、とにかく荘厳な感じの建築を訪れたとき。そのどこかにはたいてい、建物やそれに住んでいた王様の名前だとかが、文字…

短縮版

しばらく出先なので、日記は短めに済ませることにする。 現在、日本よりだいぶ西のほうにいる。具体的にいえばヨーロッパである。勘のいい読者なら言われずとも気づいているかもしれないが、普段は二十二時前後だった投稿時間がだいぶ後ろにずれたのは、時差…

without understanding

自分のやっていることの原理を、すべて理解しておきたいというこの気持ちは、きっとわたしたち数学の徒に特有の価値観なのだろう。世の中には、理解なしに回っていることがいくらでもあるし、そういうものに従事するひとが、自分がやっていることを本当の意…

ヒロインを描く ①

魅力的なヒロインを描くということに、ここ六日ほど挑戦してみた。わたしの思惑通りの魅力を彼女が持ってくれたかはさておき、いい練習にはなったと思う。 奇抜な見た目と行動が謎を呼び、それが他人に引き起こす心理的効果を理解して利用する、底の知れない…

ヒロイン案 ⑥

翌週の授業に、彼女はいつも通りに現れた。 今日の服装は白のワンピースだった。それが彼女だと知らなければ気にも留めなかったような地味目な恰好で、黒い髪を肩までまっすぐに降ろしている。おとなしく目立たない学生といった風貌で、緑色をした眼鏡が控え…

ヒロイン案 ➄

その日の帰り、夕方の急行に乗り込むや否や、ぼくはまっさきにスマホを開き、彼女のプロフィールを再確認した。 田中陽子、と彼女は名乗った。似合わない、とぼくは、その日何度も繰り返し思った事実を再確認する。変幻自在の冷たい女性をあらわすのにその名…

ヒロイン案 ④

「きみのさっきのことば、嘘だよね」口元をわずかに歪めながら、嘲笑うように彼女は言った。「きみはべつに、そんなに知りたいとは思ってない。わたしが何者だろうがきみにとってはどうだっていいし、わたしの目的がなんだろうが、自分には関係ないときみは…

ヒロイン案 ③

「なにしてるの」電子音のような平坦な声で、ぼくに向かって彼女は言った。青い髪がまっすぐに垂れかかり、机にくっきりと影を落としていた。予想していなかった事態にぼくは驚いて、思わず、「えおあ?」とことばにならない声を上げる。 「なに……って、……………

ヒロイン案 ②

彼女はすっと立ち上がった。教授のボソボソ声はいつものように断ち切られ、蒸し暑さの中に消えていく。ぼくは時計を見て、なんの足しにもならないデータをノートの隅に書きつける。十三時五十二分二十六秒。今日は少し早かった、計測開始以後三番目の早さだ…

ヒロイン案 ①

砂漠に咲く水仙のような女性。それがこの日に見た、彼女の印象だった。 七月の上旬、昨日までの雨が嘘のように太陽は照り付けていた。濡れた地面からもうもうと立ち上る蒸気は、まるで実体を持つかのように、ぼくたちの全身に容赦なく張り付く。前髪からひっ…

魅力と向き合え

物語を書くには、他者を書くことを避けては通れない。 といっても他者は、かならずしも物語の中心にいる必要はない。わたしの好きな SF の分野ではとくにそうなのだが、ほとんどが主人公の行動と思考だけで進む、まるで独白のような物語はありうるのだ。考え…

ご都合主義のヒロイン

良い物語にはしばしば、良いヒロインがいる。 彼女たちの性格に共通点は少ない。それは元気いっぱいの笑顔の天使であることもあるし、ミステリアスな憂いをたたえる妙齢の乙女であることもある。他人と口を利くのが極端に苦手でいつも物陰に隠れて気配を消し…