一般的正義の肖像 ②

昨日述べたことから、一般的正義なるものに関する、奇妙だが興味深い定義付けが導かれる。それは一般的に、一般的正義だと信じられているものとは異なるかもしれない。しかしながら、だれもがそれに賛同してくれるという面において、いわゆる道徳的な正義よ…

一般的正義の肖像 ①

正義ということばの中に、純粋な称賛以外の意味の色濃くなってきた現代であるが、みずからが正義でありたいという気持ちはそれでも、ひとの心の中に宿り続けているように思える。わたしは断じて正義に盲目ではないつもりだし、性善説よりはむしろ性悪説のほ…

確率を超えたコンタクト ②

現代は有名人と一般市民のあいだから、人数比以外のあらゆる壁を取り去った。わたしたち庶民が、かりに有名人に取り合ってもらえないからといって、それはもはや、社会階級やコネの問題とは呼べなくなってしまっている。有名人の側から見れば、原理上もはや…

確率を超えたコンタクト

すべての人間がまったく同一のプラットフォームで相まみえることの可能になった現代において、議論と呼ばれる現象は、インターネットのあらゆるところで普遍的に発生している。各界の巨匠と平凡な市民を隔てる壁は見かけ上完全に取り払われており、われわれ…

教養になる街

街のことを語るのであれば、まずはその街の各区域が、どういった特徴を持っているのかを語る必要があるだろう。十分にその街を知り尽くしたひと相手ならいざ知らず、ふつうのひとにただ地名を伝えても、現代に関して伝えられる情報はもっともよくて、その地…

なぜ三角関数を殺してはいけないのか ②

かくして三角関数を学ばせねばならぬ理由は、論理ではなく倫理の領域に根差している。問いとしての陳腐さがそうさせるのだ。留保なしにひとを殺してはいけない理由を説明できないのと同じように、嫌がる生徒に数学を教えねばならぬ理由など論理的にはどこに…

なぜ三角関数を殺してはいけないのか

高校数学など学んで何の意味があるんだという怨嗟がすでに叫びつくされたものである一方で、その手の恨みの声に的確に返答するのは難しい。世の中に識者とはごくわずかだが、識者らしき態度を取るひとなら大量にいて、そういうひとたちはきまって、数学嫌い…

数学を学ぶ必要性。限りない陳腐さの正体。

聞き飽きたという感想すら聞き飽きるような話題というのは世の中にたくさんあって、それでもひとは、懲りずにその話をし続ける。つまるところよく挙がる話題とは、いかに陳腐であってもひとを惹きつけるだけの魅力があるのであって、魅力的だからこそわたし…

毛を抜く ②?

……すこし落ち着こう。昨日書いたのは夜遅くだったから、どうやら大風呂敷を広げすぎたようだ。鼻毛を抜くのが人類への冒涜だなんて、上滑りもいいところだ。 さて。気を取り直して、話を進めていこう。 このご時世、くしゃみとか鼻水とかいうものへの風当た…

毛を抜く ①?

風邪でもないのにやたらと、鼻水が出る日がある。 花粉の季節でもないのにやたらと、くしゃみが出る日がある。 これが漫画ならちょうどそのとき、どこかの誰かが井戸端会議を開催して、わたしの恥ずべき過去について、喧々諤々の議論を戦わせている。現在進…

陰謀論について ④

ほとんどの陰謀論は、だれかの誇大妄想に過ぎない。 そしてそれは、おそらくわたしの信じる論とて例外ではない。というよりむしろ、わたしはわたしに一種の分別を課しているのだ。そう。陰謀論者の例によらず、わたしはわたしの信じる陰謀論のみが真実だと解…

陰謀論について ③

さて。例の件に関しても、あなたは陰謀論を否定するかもしれない。 それが問題だとか言うつもりはない。あなたが気づいていない真実にわたしは気づいている、と、陰謀論者にありがちな主張をするつもりもない。つまるところ、額面どうりに受け取ることが原理…

陰謀論について ②

陰謀論を嘘だと見抜くのに、あなたの知識が一役買っているという考え。今日はこれを、逆方向から見てみることにしよう。 あなたはきっと馬鹿ではない。わたしもきっと、そう大した馬鹿ではない。だから多分、大方の陰謀論を陰謀論と呼んで馬鹿にできる。 し…

陰謀論について ①

たとえば明日、首都・東京の直下を襲う地震があって、わたしたちの住んでいた町がまるごと瓦礫と化したとする。あるいは、とある銀行のシステムが異常を起こして、いくつかの企業のかかわる経済の流れが完全にシャットアウトされたとする。それに起因する数…

研究の競技性 ②

研究はいかにして競技とみなせるのか。研究の楽しみ方を考える上では、なかなかに興味深い話題だ。 もちろん、正義の意味ではこの問いは正しくない。研究とはひとと競うものではないということに建前上はなっており、わたしたちは個人の勝ち負けではなく、世…

研究の競技性 ①

この日記に記される研究に関する話題と言えば、そろいもそろって否定的なことばかりだ。これではまるでわたしが研究を心底嫌っているみたいに見えるが、決してそういうことはない。研究のある側面はたしかに嫌いだが、全体として見れば、それなりに楽しいこ…

反抗心という規範

学生運動に代表されるように、既存の考え方への反発とはいつの時代も、若者の行動の原動力であった。 この日記もある意味、そういうものだと言える。わたしの熱心な読者なら(そんなひとが果たしてこの世に存在しているのかはさておき)、わたしが研究職に文…

輪講第一回 ③

喩えるなら、研究とは稲妻だ。 地面のはるか上空に浮かんでいる、巨大な電荷を想像してほしい。わたしたちのいる地表面と空には電位差があるから、導線か何かでつなげば、電荷は地面へと移動するはずだ。でも現実には、そんなことは起こらない。空気には巨大…

輪講第一回 ②

研究者がどんなときに本を書くのか考えてみよう。 可能性はいくつかある。ひとつ、あたらしいことを見つけたとき。でもこれは、本を書く動機にはならない。何故かはわかるね? そう、論文を書くからだ。自分の最新の成果を本に載せる研究者はいるし、だいた…

輪講第一回 ①

「時間だね。それじゃあ、はじめようか。 卒業輪講、第一回。担当の R だ。本は……ちゃんとみんな、持ってきているようだね。よろしい。これから半年間、週に一回、きみたちと楽しく議論できればと思っている。よろしく。 ……といっても、きみたちには二年生の…

金になること? (前)

アカデミアの世界は、世界中の誰にでも開かれている。そのひとの経歴によらず、どこに住んでいるのかにもよらず、とにかく論文を書けば誰でも、学会誌に投稿して公平な査読を受ける権利を持っているからだ。分野によっては、研究設備が高価すぎてとても個人…

踏み倒す前提の期待

この国には金がないし、今後もどんどんなくなっていくとされているにもかかわらず、何故だか国は理論研究という、収益の上がる道理のない分野に予算をつぎ込んでいる。 当の理論研究者として、国の行動は到底理解不能だ。国を豊かにするビジョンのまるで見え…

夢の具体性

なんの役に立つのかわからない研究は数あれど、理論研究の役立たずは頭ひとつ抜けている。そこそこの予算を投じられていながら、わたしたちのやる研究は、世界の物質的な発展になにひとつ直接的な貢献をもたらさないからだ。理論なるものはどこまで行っても…

研究の評価基準

理論研究というものは、折に触れてその意義を問われがちだ。役に立たない研究を、やる必要はあるのか。金にならない研究に、つける予算はあるのか。短絡的で、刹那的で、そして至極まっとうなその手の問いは、理論の研究者であるわたしたちを常に苦しめ続け…

国民の擬人化

わたしたちはときに、なにか悪いことをした国家を非難することがある。 代表的なのは、戦争をはじめた国だ。帝国主義の時代ならいざ知らず、現代の国際社会において、政治的目的の達成に武力を用いるのはタブーとされているからだ。いかなる開戦行為をも非難…

国家と国民への非難

罪を犯した個人が相応の非難を浴びるように、良くないなにかをやらかした国家は、当然それなりの批判を受けることになる。批判のやり方にもいろいろあって、たとえば経済制裁かもしれないし、政府の評判を下げる報道かもしれないし、場合によっては、軍事的…

ある講義の記憶

昨日の続きを書くためにいろいろと考えていたら、ふと、大学一年生のときに受けていた講義のことを思い出した。せっかくなので、軽く触れてみることにしよう。 講義の主題は、ナチス期のドイツについてだった。当時の特殊な世の中をひとがどう生きたかという…

論理の万能性

論理的な判断とはよい判断だ、と世間ではよく言われる。直感だけで行動するひとと比べて、すべての行動に理由があるひとは将来的にはるかに大きな報酬を得られる、とひとはみな信じている。論理性への信仰とも呼べる社会現象だ。 だがそれは、はたしてどれく…

論理的判断とは

論理的であることはすばらしいことだと、わたしたちは教わって生きてきた。 知っての通り、こういう文脈で「論理的」とは「感情だけでものごとを判断しない」という意味だ。感情的な選択というのは厄介なもので、直後だけは心地よいかもしれないが、いずれ巨…

自分が正しいと思ってそう

だれでも思想を発信できるこの時代、だれもに炎上の可能性がある。大衆を逆なでするような思想の持ち主がみずからの思想を開陳したとき、運が悪ければ、そのひとは身の丈に合わない、とんでもない量の非難を受けることになる。 炎上にはさまざまなかたちがあ…