建前は次第に

いい研究とはなにか、っていう問いに対する答えが、当時のわたしには必要だった。 その問いに向き合うことが必要なわけじゃなかった。考え抜くことが必要なわけでもなかった。欲しかったのは、とにかく結論。嘘をつくのが苦手なわたしがいちおう、外へ向けて…

良し悪しの基準

いい研究ってなんだろう、ということについて、わたしは一時期悩んでた。たしか、二年くらい前のこと。ちょうどその直前に、修士論文とか博士課程の入試面接とかの節目のイベントがあって、そのせいでいやが応にも、そういう抽象的なことをわたしは考えなき…

システムハック失敗

次の進路を決めるためにはどうやら、面接ってものを切り抜けなきゃいけないらしい。これまでそういうことは全部試験で乗り切ってきたから、あんまり勝手が分からない。人間性を見られるんだってよく聞くけど、人間性ってなんのことだろう。すくなくとも、数…

面接

大学院にいるのも、もう来年で終わり。このまま順調にすすめば来年の今ごろにはもう博士論文の審査も終わってる計算で、しかも困ったことに、ことは順調に進んでる。つまりあと一年ちょっと経ったら、わたしは新しい環境へと放り出されるってことになる。大…

夢を見る訓練

宇宙という夢について……なんていう、浮足だったことについて書いてみた。昨日一昨日と二日間、普段のわたしからすれば柄にもないことだけど、たまにはそんなことをしてみるのも面白い。 ああいうことを書いてはみたけれど、いつものわたしは基本、宇宙なんか…

公正宇宙仮説

宇宙とは限りのない未知である。宇宙のほどんどの部分を人類はけっして見ることはなく、そしてもちろん、行くこともない。宇宙が実際に存在し、百三十八億光年の彼方までの空間的広がりを持っていることをわたしたちは知っているかもしれないけれど、そのこ…

逆説の宇宙

宇宙とは果てしなく広がる未到地である。わたしたちが住んでいるこの地球、じゅうぶんに広いはずのこの地球がまるでちっぽけに見えてしまうだけの規模を宇宙は持っていて、そしてそのほとんどを、地球人はけっして見ることがない。人類史あるいは地球史上の…

必然性の連鎖

物事を前にすすめるには、どのように考えればいいか? 目の前のプロジェクトが滞りなく進んでいるように見えるとき、わたしはいったい、なにをしていたのだろうか? あまりの順調さにみずからの行いを俯瞰してみることすら忘れているようなとき、わたしの目…

あらすじ「Chomp」

神々の領域に天使と悪魔がいた。大の数学好きのふたりは、それゆえ大変仲が良かった。ふたりはつねに天球面の白板の前に陣取って、けっして終わることのない数学談議に明け暮れていた。 ある時、神様がふたりを呼び出した。聞けばどうやら近々ひとつの世界を…

あいまいさの権利

数学において、なにかを読んで理解するとはなかなか大変な作業だ。どこになにが書いてあるのかを把握するだけでも頭がこんがらがってくるのに、そのうえで証明の詳細を一字一句追いかけて、一箇所も抜け漏れがないことをチェックせねばならない。そこには一…

「気持ち」を伝える

数学というのはなかなか大変な活動なようで、あたらしく何かを学ぶのはいつも、かなりの労力を必要とする。たいていの数学は初見ではちんぷんかんぷんで、どこになにが書いてあるのかを把握するだけでも一苦労だ。議論を追いかけるのはさらに難しく、ほとん…

避けるべき方向

わたしにとって研究の喜びとは、問題を解く喜びのことだ。目の前の問題に対して考えをめぐらせ、固有の特別な性質を見抜く。あるいはその問題に対して、どのようなテクニックが適用できるかを総当たりする。そうやって理解を深め、目標へとたどり着く。 とき…

人権主義の感性

青少年の努力の物語は往々にして、かれらの人権を犠牲にして成り立っている。 たとえば、甲子園を目指す高校球児を想像してもらいたい。夢に向かって努力する青少年の姿として、おそらくもっともステレオタイプな例だ。かれらはしばしば寮に詰め込まれ、三年…

他者を説明する

だれしも人生は一度きりなのに、作家はなぜたくさんの人間を描写できるのだろう。かれらが物語に登場させる人物のうち、最高でもひとりとしか同一でありえないはずの作者になぜ、全員の内面を理解して描き分けるなんて芸当が可能なのだろう? わたしにとって…

他者を描写する

ひとの気持ちは分からないものだと、わたしは理解して生きてきた。他人の心中をのぞき見るための方法などこの世にはなく、だからひとはけっして、互いに理解し合うことなどできないのだと。そしてだからこそ、自分とは違うキャラクターを操るなんて芸当をや…

激情 ④

彼女は手を放した。教授の顔に浮き出ていた青白い血管の模様が消え、血の気が戻るのがありありと分かった。彼はおそるおそる身体をひねり、背後の棚の中身を探った。怒れる学生の行動を警戒しながらのぎこちない作業は見ているだけでももどかしく、ふたたび…

激情 ③

「どうしてあんな成績をつけたんですか! わたしに! 優だなんて!!」 教授室の扉を乱暴に開くなり、彼女は教授を怒鳴りつけた。古くなった蝶番のひとつがはじけ飛んだが、構わなかった。そのまま彼女は教授室に踏み込むと、両手で机を叩きつけた。 彼女の…

激情 ②

「芸術の道を志したあなたがたには、それぞれの熱い想いがあるはずです。ことばでは言い表せない、原初の感情としか呼びようのないものが。それらこそが創作の原動力であり、あなたがたが用いることのできる最高の道具なのです」彼の脳裏に、教員の声が蘇っ…

激情 ①

みずからの無能を感じさせる物体を前にして、彼はひとり悩んでいた。 時刻は深夜三時を回っていた。期末課題の提出時刻は五時間後に迫り、だがそれは手つかずだった。目の前にある薄赤色のスライム状の物体は力なく萎びており、それはまるで彼自身の脳を模倣…

別種の文章たち

日記をはじめてからのこの二年弱のあいだに、わたしはたくさんの文章を書いてきた。そのことはきっと、書くという行為に関するわたしのスキルを大いに引き上げてくれたことと信じている。そしてまた、よい文章にするためには何に気をつければよいのかという…

日記だけうまくなった

文章を書くという活動の中で、日記とはおそらくもっとも自由な形式だろう。なにせ、これが日記であるという事実は、書かれるべき文章になんの制約をも加えないのだから。 日記とはそもそも、自己満足のために書くものだ。それ以上に崇高な目的もなければ、そ…

ふさわしい文章

良い文章とはなにかという問いには、状況によっていろいろな答えがある。どんな場合にも適した文章の書きかたというものはなく、だからこそわたしたちは、その時々に応じて表現方法を変えていく必要がある。 分かりやすい例で言えば、機械の説明書やソフトウ…

機械への信頼

英語の執筆に AI を多用するようになったここ数ヶ月の間に、わたしの中にはどうやら新しい認識が目覚めかけているようだ。 これまでのわたしは、自動翻訳を油断ならないものだと理解していた。やつらに日本語を与えるとそれらしき英文は返ってくるのだが、け…

数学英語は簡単? ②

数学英語は簡単だ、論理は明快で構文も単純だ。必要な文法事項は中学生レベルだし、使う単語だって限られている。普通の英語で扱うものと違って、数学は同一のものには同一の表現を与えるから、なにがなにに対応するかとか、そういう面倒なことを考えなくて…

数学英語は簡単? ①

わたしは英語が嫌いだ。一刻も早く、この世界語とやらを排した生活を送りたい。慣れ親しんだ母語が別にあるのにもかかわらず、どうしてわざわざこんな不慣れな言語を使って疲弊しなければならないのか。こんな不自由で不公平なコミュニケーションツールのい…

文章の速度

この日記をはじめてそろそろ二年が経つようだ。ごく初期を除いては毎日千字以上をノルマに書いているから、単純計算で少なくとも七十万字を書いたことになる。ストーリーもメッセージもないとはいえ、分量だけ見れば文庫本数冊分に値するから、すこしは自信…

存在性の存在性

「複素数なんて存在しないものを、なんで考えなきゃいけないのかわかんない」――数学の嫌いな高校生が、決まって口にするとされていることばにこんなものがある。「三角関数なんて何の役に立つの」と並んで、ずいぶんと昔から変わらず二大勢力のトップを守っ…

フィードバック

恐れていたことが起ころうとしている。自分こそが絶対に正しく、世の中のほかのすべては完全に間違っているという独りよがりな思念が、ゆっくりとわたしを侵食してきているのだ。証拠に、ここ数日の日記を見て欲しい。ある種の人間を馬鹿にするのは間違って…

抽象化偏執

数学的な概念に関して、ウィキペディアで調べごとをしたことはあるだろうか? なければ、そうだな、やってみて欲しい。項目は、数学を専攻しているひとならだれでも聞いたことがあるけれど大学の一年生ではちょっと習わないくらいの、ちょうどいい難易度もの…

衰退の側に立つ ②

長期的な視野を持った研究ができない社会は、わたしにとってそう悪いものではない。短いサイクルで研究を回しながら玉石混交の論文を書くほうがわたしの性に合っているから、任期が短かったところでべつに、研究が宙ぶらりんで終わってしまうこともない。何…