生体幕府 ③

 江戸と言う無秩序な都市にありながら、この首都高速道路には、たった二種類のものしか存在しない。

 

 ひとつはどこまでも不規則にそびえる、摩天楼や雑居ビルである。免震ウナギの群れががっちりとその足元を支えるそれらのビル群は、この地震の多い土地にありながら、古ければ築三百年という古さを誇っている。昔の生体素材の取り扱いの難しさと、ごちゃごちゃになった地権問題とがちょうどウナギのように複雑に絡み合って、この土地の建築事情はこの二十一世紀にも、まったく改善する兆しが見えないのだという。

 

 もうひとつは、異常なまでに整然と走る馬、また馬である。この場所はもう五度目にもなるのに、マットはどうしても、狂気じみた非現実感を覚えないではいられない。ビルたちは音の速さで後ろへと飛び去って行くのに、隣りを行く馬の何十もの目はぴくりとも動かず、それが見るべき方向を見据え続けている。彼はどうしても、そのうちのいくつかに一挙手一投足を監視されている気がしてならず、やましいことなどないにも関わらず、いつか自分の知らない騎乗中の悪行がバレるのではないか、幕府のサイコニンジャに切り捨てられるのではないか、といつも気が気でない。

 

 霞が関関所インターチェンジには六並列のゲートがあり、六列縦隊に並んだ馬と騎手たちが一糸乱れぬ動きでまっすぐにゲートを通過していく。それぞれのゲートにはETCエリート・手形・カード探知犬が控えており、騎手の懐に差し込まれた通行手形のにおいを感知して、不審な人間が幕府の中枢部に入り込まないよう、厳重に見張っている。大丈夫とは分かっているが、マットは腰巾着を押さえて、手形を落としていないことをいまいちど確認する。落としていたらどうするのかは、自分でも分かっていない。

 

 発光クラゲのけばけばしく光るそのゲートをマットとその乗騎は無事に通過し、彼はほっと溜息をつく。

 

 マットはお抱え外国人である。

 

 徳川家の支配以来、およそ四百年にわたる鎖国を続ける日本は、百五十年前に大幅な方針転換を迫られた。提督マシュー・ペリーの指揮する軍艦四隻が開国を求めてやってきたのを、自爆カモメの爆発で大破沈没させ、返り討ちにしたのだ。

 

 そこで列強諸国は主に軍事的な興味から、日本の生体技術に注目した。各国は生物系の研究者を競って外交官として派遣し、あの謎の技術をわがものにしようと躍起になった。幕府は開国は拒否し、生体技術の授受にも断固反対したが、外交官が日本に留まることは許した。そして蒸気機関をはじめとする外国の技術を、おそらくこの生体技術に比べてしまえばなんの役には立たぬだろうと予測しながらも、教わることに決めた。