生体幕府 ⑧

「……核ミサイルを撃ち込みます」沈黙に耐えきれず、マットは答えた。

 

 もちろん、納得のいく答えではなかった。たしかに母国には核兵器があるし、それを撃ち込むための優秀なミサイルだってあるが、こと核に関する場合、問題は明らかにそこではない。

 

「本気でそれが成功すると思うか?」将軍の声には失望が混じっていた。このような将軍の姿もまた、マットが初めて見るものだった。相手をバカにすることを目的とした、いつもの嘲笑ではない。相手が本当にバカなのではないかと、本気で疑っているときの口調だった。

 

「難しいでしょうね」マットは言う。「第一に、国際社会が黙ってはいません。五十年代に鉄のカーテンの上で炸裂した悲劇の数々を、けっして繰り返さないとわたしたちは決意したのです。けれどより大きな問題は、かりにミサイルを日本に打ち込めたとして、それがほぼ間違いなく迎撃されるということです」

 

「なんだ、一応身の程は知っているということだな」将軍はみずからのあごを撫でる。「無駄だと分かっていることをわざわざ言うな。で、日本を倒すために、お前の国はどうするんだ?」

 

 マットには思いつかない。核兵器より強い兵器など現代には存在しない。知るか、と叫びたい気持ちをこらえて、癪に思う気持ちも押さえつけて、マットは頭を下げる。「分かりません。ヒントをいただけますか」

 

「はあ」将軍は溜息をつく。「ロボトミーは好きじゃないが、お前の脳は改造したほうがいいかもしれないな。まあいい。ヒントをやろう。一発の銃弾をも放つことなく、敵国の人民を味方に付けたければ、お前はどうする?」

 

 それがどうヒントなのか分からないままに、マットは答える。「プロパガンダ戦を仕掛けます。上手くいけば、民衆が蜂起してくれるかもしれません」

 

「そうだ。もうひとつ。厩の馬たちが、ある日一斉に突然死した。馬たちにはこれといった外傷はなかったし、厩にだれかが侵入した形跡もなかった。この場合、お前は原因をなんだと考える?」

 

「……疫病、でしょうか。すごく感染力が強いうえに、感染すれば死に至る部類の」

 

 マットは肯定を求めて顔を上げ、将軍を見る。痩せて不格好な男の目には、しかしなんの表情も読み取れない。なにを考えるとでもなしにマットは考える――そして気づく。

 

「この国の動物たちは高度な改造を施されています。意図されてのことかはわかりませんが、その中にはもしかすると、自由意志のようなものを持った動物もいるのかもしれません。ならそれらの動物たちが、国家に反逆し始めるような情報、あるいは微細粒子を流せば……」

 

「そうだ」将軍は答える。「そしてお前の国は、それを実行に移そうとしている」