2023-10-01から1ヶ月間の記事一覧

人の惑星 ⑩

生物はべつに、人類のかたちを目指して進化するわけではない。 そんなことは、宇宙になんか出なくても簡単に分かる。地球上には観測されているだけでも何万、何十万という生物種が暮らしており、ホモ・サピエンス以外のどれひとつとして、この星の住人によく…

人の惑星 ⑨

どうしてここの住人は、ここまで人間によく似ているのか。 お昼時、仲良くなった科学者のひとりになんとなくそれについて訊ねてみたところ、返ってきた答えは意外なものだった。彼女はしばらくきょとんとしたあと、やおら怪訝そうに、「それってそんなに不思…

人の惑星 ⑧

この星と地球は、驚くほど似ている。 重力加速度はほぼ同じで、自転周期も二十分長いだけ。直径は同じで、月は三つあるらしいが、地表面の環境に重力的影響を与えられるほどに大きなものはひとつだけ。公転周期こそやや短いが、太陽の色と光の強さは似たよう…

人の惑星 ⑦

その日遅くまで、わたしとその学者は話し込んだ。彼の正体をあえて聞くことはしなかったが、この星について知りたいことがあったらなんでも教えるから、と片言の日本語で約束してくれた。 もう疲れたから、と言って船に戻ろうとすると、驚いたことに止められ…

人の惑星 ⑥

最初に詰め寄ってきた、その生物が人間であると仮定するならば若い男である個体は、訳の分からないことをいくつか聞き、諦めて帰っていった。 次に寄ってきたのは老女に見える個体で、なんらかの宗教具らしいネックレスを握りしめ、奇怪なふりつけとともにわ…

人の惑星 ➄

ここがどこなのか、その日は結局分からなかった。 日が暮れる前に、船に戻る。ホテルらしきものは街で見かけたが、ことばが通じないから泊まれる気がしないし、そもそもお金も持っていない。ここが本当に地球だったとしてなんでも簡単に済むわけではない、と…

人の惑星 ④

この状況を説明できる仮説はふたつある。 ひとつ。目の前の生物はあくまで宇宙生物である。それはあらゆる点で人間に似ているかもしれないが、進化の系統樹をたどってみれば、霊長目とは異なる進化を遂げている。彼我の違いを知るためにどのような観測が必要…

人の惑星 ③

最初の一瞬、わたしはぱっと心に喜びが弾けるのを感じた。 この星には人型の生物がいる。それが自分でも意外なほどに、たまらなく嬉しかった。目の前のそれが実際には人間ではなく、この星固有の未知の生物であるという単純な事実を忘れたつもりはなかったが…

人の惑星 ②

一般論として、宇宙生物の生態にはあらゆるものが考えられる。 それもそのはず。それらはみな、べつべつの形態で発生し、それぞれの星の環境に従って進化してきたのだ。地球での進化がいかにランダムネスの連続であったかを思い出せば、ほかの星の生物がまっ…

人の惑星 ①

高原の草原に佇む「天穂」号の最外層ハッチが二十年の休止を解き、惑星の大地へとなめらかに開いた。もうもうと上がる蒸気も荘厳な軋み音もなく、船はただ静かに、内空間を惑星大気へとさらけだした。 地球尺度にして数秒後、わたしは外に出る。先遣ドローン…

彷徨 ②

あるいは、かれにはもう意識はないのかもしれない。 戦争の終結からはや五年。地球上の全人類の究極的人権獲得のための最終闘争と銘打たれたその戦争は、戦争の例に漏れずきわめて非人道的ではあったものの、戦後処理は珍しく、適切に行われた。この世界を完…

彷徨 ①

漠然とした人影がひとり、禁止区域へと分け入ってゆく。 彼はスーツを着ている。十年前の彼の身体にはぴったりと合っていたらしい、その埃と泥が染み込んだその黒の上下は、今の彼の貧相な身体にはだいぶ余って見える。しかしながら足取りは洗練されており、…

乗換失敗

今日はなんと、実際に今日起こったことについて話すことにしよう。この日記では相当にめずらしいことだが、どうやら日記とは本来そういうものらしいから、だれも文句を言うことはできまい。 今日は大学に行っていた。帰り道、尿意を催したので、乗換駅でトイ…

恥と言い訳

また書くことがない。よくある話だ。よくある話だからここ一年くらいは、一度テーマを決めたら、それについて飽きるか語り尽くすか書いていて恥ずかしくなってくるかするまで書き続ける、という方針でなんとかこの場を延命してきた。 ここしばらくは、フィク…

ストーリーを競う

論文のイントロダクションに、研究者はいろいろなストーリーを書く。内容はと言えば、この研究はきっとこういうことの役に立つとか、こういうモチベーションをモデル化しているとか、あるいはほかのこういう研究とこういうふうに関連付けられるとか、まあそ…

ギリギリ

明日の発表のスライドを、今日作っている。作業がこれほどギリギリになったことはないので、なかなか新鮮な気持ちである。 とはいえわたしがいま感じているこの気持ちは、こうやって事実を書いても伝わらないだろう。というのも、明日のスライドを今作るとい…

高校生の論文

高校生が論文を書きました、という記事をたまに見る。かれらがやったことがなんなのかというのにはだいたいパターンが決まっていて、有名な定理に新しい証明を見つけたとか、きわめて身近な疑問を学校の実験器具を使って解決したとか、そういうことである。…

流れ

先日、博士論文の予備審査があった。思っていたよりもつつがなく進行したので、とりあえずはほっと胸をなでおろしているところである。 予想はしていたとおり、イントロダクションの文章には物言いがついた。自分の研究が科学の大きな流れの中でどのような場…

ファンタジーの正当化 ④

ファンタジーにあらわれる王道の展開とは、物語内のギミックにもっとも簡単に説得力を持たせることのできる手段である、という話を昨日はした。今日はふたたびサイエンス・フィクションに戻って、似たようなものがそこにあるかどうかを考えていきたい。 結論…

ファンタジーの正当化 ③

ファンタジー世界の多くには強すぎる人間がいる。強すぎて、真面目に戦えば戦う前に相手を屠ってしまえるとか国を滅ぼしてしまえるとか、そういうことが起こる。その結果作者は、各々が持てる才能をいかんなく発揮すれば簡単に目標は達成されてしまうだろう…

ファンタジーの正当化 ②

サイエンス・フィクションに登場するギミックが、曲がりなりにも科学風の正当化を要求するのに対し、ファンタジーのギミックにはそういう制約はない。たとえば、魔法やそれに準ずるものはなんでも「魔法だ」といえば成立してしまう。登場人物のだれかが持っ…

ファンタジーの正当化

そういえば、世の中にはサイエンス・フィクション以外のフィクションもあるのだった。そしてそのなかのいくらかは、舞台が現実世界でもそれなりに真面目に考証がなされている歴史の世界でもないという意味では、サイエンス・フィクションと似ている分野なの…

代弁者

常識的ではないが狂っているわけでもない程度の思想は、いつも代弁されるべき需要がある。常識に違和感を抱くサイレント・マジョリティからの支持を受けた行為、と言えばすこし聞こえが良すぎる気がするが、実際のところ、事実からそう遠く離れた表現ではな…

公言

狂った思想のひとつやふたつはどこのだれでも持っているものだが、それを公にするとなると話は少々ややこしくなる。世の中の標準と違いすぎて簡単には受け入れられないであろう思想をただ語って、それを世間にそのまま理解してもらおう、というのはさすがに…

現実論 ②

ウィキペディアはフィクションだ、と彼は言う。 そんなわけはない。騙されてはいけない、と自分の頬を叩く。確かに少々の間違いや創作はあるかもしれないけれど、あそこに書かれていることはだいたい正しい。断じて、フィクションなんかではない。 そう言お…

現実論 ①

現実とはフィクションの世界に面倒な制約を加えたものだ、とかなんとか、昨日だれかが言っていた。 曰く、彼は現実という世界線の特別な価値をよく理解していないらしい。そうでなければ、想像のなかでならいくらでもできることをわざわざ現実でやろうとする…

現実世界

サイエンス・フィクションの舞台設定についてしばらく書いていたが、さすがにそろそろ飽きてきた。というわけで方向を百八十度変えて、現実世界の話でもしてみようか。 とか適当なことを言ってはみたものの、なにを書くのか決まっているわけではない。現実世…

延長意識

わたしの意識は、死んだら消える。 あなたの意識もそうだ。あなたの家族の意識もそうだ。あなたの友人の、恋人の、師匠の、仇敵の意識もそうだ。あなたたちの意識は死んだら消える。わたしたちの意識は死んだら消える。 そうではないと仮定してみよう。わた…

サイボーグ

いわく、その身体は無限の寿命を持つという。 肉体という不完全な形態を排除した、先進的で合理的な造形美。劣化とは無縁の完全体。数々の機構が相互作用するという点だけ取ってみればそれらはまだ肉と変わりないと言えるかもしれないが、その真髄は相互作用…

仮想空間 ③

仮想空間という舞台の特殊性を語るうえで、絶対に外せないテーマがひとつある。わたしたちが現実世界と呼ぶこの世界だって実は、どこかの上位存在にシミュレートされた仮想空間なのではないか、という問題である。 これは古典的な問いであり、もちろん結論は…