宇宙空間 ③

 世界のあらゆる複雑さを内包しているのが宇宙という空間であるにもかかわらず、宇宙と通常呼ばれるのは、非常に単純な場所である。というのも普通宇宙と言えば、この宇宙の全空間から、人類が暮らすこの地球の表面を除いた場所のことを指すからである。

 

 昨日も述べた通り、そのような場所――全宇宙のほとんど全空間――は、物理法則に支配されている。そこで成り立つのは場合によってはニュートン力学であり、場合によっては相対論であるわけだが、どちらにせよ、存在するのは人類にとって既知の物理学だけだ。しかもそこにあるのは地球上の物理とは違い、摩擦やら空気抵抗やら地球からの重力やらの面倒なファクターから解放された、さながら大学受験の問題のように理想的な状況なのだから、ますます話は簡単である。

 

 というわけでわたしたちは、宇宙空間で起こることを簡単に予測できるし、だれもが簡単に予測できるとも思っている。

 

 予測できると言ったからには実際に予測してみよう。まず、なにもしなければ物体は等速直線運動を行う。速度方向のベクトル上に障害物やべつの重力圏がなければ、運動は永遠にそのままである。そして宇宙はかなりスパースであるから、そうなる可能性はかなり高い。ごくごくわずかなレアケースが、その例外にあてはまる。

 

 移動方向に障害物があった場合。それはほとんどの場合に主物体と異なる速度ベクトルを持ち、それらの差分は非常に大きい。だから直接ぶつかれば、どんな物体もまず間違いなく、粉々に砕ける。運よく直接の衝突はせず、だが重力圏に捕らえられた場合、純粋な万有引力の法則に従って運動方向を変える。そしてそのまま別の方向に飛び去るか、その天体の周りに捕らえられ、しばらくのあいだ回り続けることになる――そのどちらになるかは、第三の天体が絡まない限り、学部生でもできる計算問題である。

 

 サイエンス・フィクションの摂取において重要なのは、その計算を実際に行う能力ではない。その他に起こりうるこまごまとしたことに対する天体物理学的な知識でもない。慣性の法則をはじめとしたごくごく基本的な物理学をわたしたちは知っており、なおかつその知識が、宇宙という場の醸し出す雰囲気を共有できるくらいにはアクティブである、という事実である。

 

 つまり。ニュートンあるいはアインシュタイン以降に発見された性質をなんとなく知っているということが、サイエンス・フィクションにおいては、ものごとの文学的な理解を手助けしてくれる。科学がかたちづくった常識に乗っかったフィクション。そしてその「常識」がもっとも科学に近いところにいるのは、宇宙空間という、だれもが理解できる程度に簡単な空間においてのことなのだろう。