生体幕府 ⑥

「幕府開闢以来、この国はつねに進化し続けてきた」世界のすべてを見下しているかのようないつもの口調で、将軍は話し始めた。

 

「その原動力が何なのかはさすがに言うまでもないな、米国大使マット・タイソン。お前が祖国でまともな教育を受けてきたとはまったく期待していないが、生体技術の歴史くらいは知っているだろう。そうだ。せっかくだから、お前に素晴らしい説明をしてもらうことにしようか。できれば吾輩を退屈させないもので頼むよ」

 

 網にかかった獲物をわざと食べずにいる蜘蛛のような目で、将軍はマットを一瞥する。その口角が気味悪く歪んでいる。

 

「はい」マットは答える。何回かの面会ののちにマットは、将軍の質問には額面通りに応えなければならない、ということを理解するようになっていた。たとえそのことばの裏にこめられた侮蔑が、どれほどあからさまなものだったとしても。

 

「五代将軍・徳川綱吉公は動物愛護のため、殺生を禁じる『生類憐みの令』を発布しました。この法はあくまで能動的・意識的な殺害を禁止するものでしたが、実際にはむしろ『死』そのものを禁止する法として働いていました。動物が、特に犬が死亡すれば、監督者が罰を受けました。動物の死に関して、そこに人間の意志が介在したかどうかは外部の人間には判断不可能であり、ゆえに一律で全員を罰するようになったのだ、とこんにちでは言われています。

 

 そこで町人たちは発想を変えました。動物が死ぬことが罪とされるのならば、絶対に死なない動物を作ってしまえばよい。生物の不死の実現を目標としたこの研究は成功こそしませんでしたが、生体改造に関するさまざまな知見を獲得しました。将軍の没後、生類憐みの令が撤廃されても研究は続けられ、そのままこんにちの発展へと至っているのであります」

 

「長いな。危うく寝るところだった」将軍はつまらなさそうに座布団に頬杖をついている。マットとて、こんな教科書的な説明で将軍を喜ばせられるとは思っていない。だがいざつまらないと言われてみると、やはり腹は立つ。だからマットは先を促す。「そのことに、わたくしが追放されることとどのような関係があるのでしょう」

 

「外国人はせっかちだ」将軍は聞こえよがしにつぶやくと、わざとらしくゆっくりと話を続ける。

 

「この国は文字通りに進化し続けている。サイバネホースに生殖機能はないが、遺伝子という形で子を残すようになった。亀やクジラの住む場所は、もはや海ではなくビルの壁面だ。昔の日本人はウナギを食ってたらしいが、いまやウナギと言えば免震ウナギ、臭くてとても食えたもんじゃねぇ。

 

 人間だってそうだ。さすがに動物よりはまだ原型をとどめてはいるが、江戸の町を見渡せば、生身の身体の人間のほうが少ないくらいだ。先代の将軍、つまりあの技術狂いの吾輩の父親だってその一員だ。どうしてそんなことをすると思う?」