2022-03-01から1ヶ月間の記事一覧

ペンは剣よりも弱し

物理的な暴力とは一律に、許されざるものだ。それがどれほど小さなものであろうとも。 理由は簡単、小学生でもわかる……かと言えば、意外とそうでもない。他者への侵襲は一律に許されないという道徳的価値観だけでは、説明のつかないことがあるのだ。というの…

暴力の比較論

どんな肉体的攻撃も、あらゆる精神的攻撃を超越する禁忌である。 一瞬の肉体的接触。たとえ加害者が長年にわたって、被害者からの精神的圧力をかけられていたとして。罪人はあくまで、圧力に耐えきれずに暴力に頼った側であって、日常的に人格を否定し、禍根…

苦痛の天秤 ①

すべての肉体的苦痛は、いかなる精神の苦痛をも凌駕する。 二十年間の非暴力的被監禁経験の重みは、たった一度の肉体的接触によって粉々に砕け散る。 この世界の常識。だがその常識がいままさに、覆されようとしている……! ―――――――――――――――――――――――――――――― …

連鎖たこ焼き機列 ③

原始のぼくはふわふわと、黒い穴の中を漂っていた。 その穴に重力はなかった。視覚もなく、聴覚もなかった。だから上も下も、あらゆる方向の感覚もなかった。ことばはなく、ぼくと片割れとの間の区別も、またなかった。 次の鉄板に移される経験を通じて、ぼ…

連鎖たこ焼き機列 ②

雨雲もしくは天蓋へと向かって、ぼくたちは昇ってゆく。 この世界はここで終わりだ。ぼくたちが出会い、喧嘩した世界は。けれど、惜しくはない。ぼくたち以外にはなにもない世界からぼくたちが取り除かれれば、あとには何も残らないからだ。 次のたこ焼き機…

連鎖たこ焼き機列 ①

錆びた金属の地面がひび割れ、足元でばらばらに砕ける。 隙間から奈落が見え、なのにぼくたちふたりは、目下のそれの呼び名について言い争っている。片方のぼくは、これを死だと言う。もう片方のぼくは、それには虚無という名前がついていて、だれでもそう呼…

全自動鶴折りマシーン ⑩

チカはカケルの横について、瓦礫の中の道を歩いていた。 景色を見るのに夢中のカケルと違って、チカの不安は晴れなかった。チカの視線は周囲の廃墟ではなく、足元と線量計に向けられていた。自分の足で歩いているのにも関わらず、なにかふわふわと浮かんでい…

全自動鶴折りマシーン ⑨

チカがこの遠足、もとい課外活動に参加したのは、双子の兄のことを考えてだった。 先月。課外活動の行先を選ぶため、チカはシラバスとにらめっこしていた。 これは面白そう、こっちは飛行機代がかかるからダメ……とかいろいろ考えながら、いつまでも決められ…

全自動鶴折りマシーン ⑧

瓦礫の山を左右に眺めながら、双子を含む一行は進んだ。 核戦争から三十年。ここにいる人のうち、実際に戦争を体験したのは教授だけだ。学生にとっては、生まれる前の悲劇。東京という巨大都市があり、それが消え去った、らしい。あくまで歴史の知識として、…

全自動鶴折りマシーン ⑦

鶴崎カケルはこの日、人生ではじめて東京の地を踏んだ。 新天地を訪れて四か月。大学生としての生活にもようやく慣れ、仲のいい友達もできてきたところだ。八月のぎらぎらした太陽は、恐れながらも踏み出した新たな一歩に、限りない賞賛と祝福を与えてくれて…

全自動鶴折りマシーン ⑥

「復興への祈りです」女性の声には、妖艶に浮かれた熱がこもっていた。 「街を復活させるためには、祈りが大切です。 どんな技術や、どんな労働力にもまさるもの。それは、大勢の祈りです。戦災跡地との絆です。復興を本気で信じる心です。 それさえできれば…

全自動鶴折りマシーン ⑤

「……わかりましたわ」まだ話し始めたばかりだというように、彼女は答えた。金属の塊が床に落ち、地面が揺れた。「あなたに、頼みたい仕事があるのです。復活への祈りを表現する仕事が」 紙原は答え、空気が緊張に歪んだ。落ち葉が軒先に舞い、生暖かい風を叩…

全自動鶴折りマシーン ④

紙原が《復活工》と呼ばれるようになったのには、しばらくの紆余曲折がある。 十年前。核戦争を生き延びた紙原の町工場は、存亡の危機に瀕していた。 仕事がないわけではなかった。むしろ、仕事はいくらでもあった。倒れた家、壊れた機械。そういうのを直す…

全自動鶴折りマシーン ③

噴射された高温が世界を裂く。空気が悲鳴を上げ、幽霊のように青く輝く。完全燃焼の行進が、寄り道も躊躇もせず、進行方向の酸素をまっすぐに飲み込んでゆく。 これがもし赤い炎であれば、つけいる隙が見いだせるかもしれない。一見して暴力的な不完全燃焼の…

全自動鶴折りマシーン ②

「できた……!」 試作機の吐き出した物体を見て、カンナは興奮の溜息をついた。 暑い夜だった。摂氏三十度を下回ることのない東京の夜は、ここ彫機研のある山奥にも、太く長い触手を伸ばしていた。いったん訪れた猛暑は、決して途中で終わることはない。数日…

全自動鶴折りマシーン ①

折田カンナは彫機研(ちょうきけん)の首席研究員である。 彫機研――彫刻機械研究所――は東京の西のはずれの山奥にある。なかなかに由緒正しい研究所で、さきの核戦争の前から、ずっとこのクソ田舎に鎮座している。 彫機研へとうねり続く山道を一度通ったもの…

遊泳プロシージャ ⑦

実験室の壁は白く、ところどころ煤で汚れていた。純白であるべくしてつくられたはずの背景は、いまでは机の黒にぼかされ、調和している。机のほうもところどころひび割れていて、クリーム色の内部素材が見えている。 その机の裏に腰掛けるのは、彼の会社の同…

遊泳プロシージャ ⑥

見渡す限りが、真昼の太陽にきらめいていた。 彼は黄金の大地に立っていた。見える全てが金色だった。遠くの山は金色だ。足元の砂も金色だ。空すらも、地面の光を受けて輝いているように見えた。 この星の青白い太陽は変わらず、大地へと冷酷なエネルギーを…

遊泳プロシージャ ⑤

青白い太陽の光が機内に差し込み、だが影はできなかった。惑星の真昼。彼が外気温計をちらりと見ると、針は摂氏九十度を指していた。地球外にしてはだいぶ穏やかな気温だが、それでも宇宙服なしで過ごすことはできない。 地球とはいかに恵まれた環境か、と思…

遊泳プロシージャ ④

赤道までは一時間ほどの旅路だ。 彼によれば、短距離シャトルでの移動には、星間移動とはまた違った心地よさがある。うまくは表現できないが、「移動している」という感覚があるようだ。宇宙空間を超光速で駆け抜けているとき、機体は揺れもしなければ、音も…

遊泳プロシージャ ③

未踏の星。 ひとつの星の大地に、はじめて地球人の痕跡を残すこと。それはわくわくすることだと、幼き日の彼は思っていた。だが、いま踏みしめている大地の、地球上よりわずかに大きな重力加速度が、彼の感慨に重石を投げかけることはない。 仕事だから、で…

遊泳プロシージャ ②

時は流れて、現在。 ある惑星の北極点に、彼は立っている。 惑星に通用名はない。地球から発見されたときにつけられた名前はあるが、発見日時と恒星系の名前を組合わせただけの機械的なものだ。だからこの星は、名もなき星だと言ってもいいだろう。辺境の寒…

遊泳プロシージャ ①

両足が灰色の大地に触れる。だが踏みしめるとまではいかない。身体が浮かんでいるように感じるのは、六分の一の重力のせいか。それとも、はじめて月面に立った彼の、冒険者めいた興奮のあらわれか。 乗ってきたシャトルが右手に見える。白い巨躯がまとう噴煙…

長い髪と戯れる

身の回りは面白いものでいっぱいだ。つい手に取って、もてあそびたくなってしまう。輪ゴム、ティッシュペーパーの切れ端、サランラップ。指先で捏ね、壊さないように変形し、指に伝わる圧力を楽しむ。もしくは綺麗に置いて、眺めて楽しむ。気づけば、小一時…

身近な面白さなんてなくていいです

面白いものが手元にあると、つい触ってしまう。わたしにはそういう習性がある。 たとえば、輪ゴム。遠くから見れば連続的な輪っかで、滑らかな感触を思い起こさせる。ところがどっこい、指の下で転がせば、不連続な圧力を感じることができる。それもそのはず…

ほそながくておもしろいいろいろなもの

面白い形状というものが世の中にはある。見れば思わず、くすりと笑ってしまうようなやつだ。 例えば、生き物。陸上の生き物では、例えばヘビは面白いかたちをしている。電源コードのように地を這っているヘビには、笑ってしまうほどに奇妙な冷たさが宿ってい…

メモ:九か月ぶんの集積

やはりテーマは思いつかない。ここはひとつ、過去のメモでも漁ってみることにしよう。 メモ。正確に言えば、"memo_210609.txt"。ふとした思い付きを記録しておくため、去年の六月に生成されたテキストファイルである。ファイル名が日付なのは、当時はほんと…

書くことがなにも思いつかないから、昨日は思いつかないことについて書いたのだった。その手は二度と使いたくはなかったものだが、思いつかないものは致し方ない。禁じ手に手を染め直さねばならなかったこと、残念に思う。誰に対してかは知らないが、とにか…

ねたぎれ。(おひさしぶり)

日記をはじめてから、そろそろ一年である。我ながら、よく続いているものだ。 これくらい続けると勝手が分かってきて、日記は以前ほど大変な作業ではなくなってきた。分量に困ることが少なくなったのだ。連想の幅も広がって、一日分にとても満たないと思って…

Re: 例のサイトの話(終)

例のサイトの話をするのは、今日で最後にしよう。 投稿は増え続けている。ほとんどの投稿は残念ながら、大して面白くはない。おそらくはすぐに更新履歴の一覧からも消えて、二度と顧みられることはないだろう。 こうなると、初期の投稿の偉大さが身に沁みる…