全自動鶴折りマシーン ⑦

鶴崎カケルはこの日、人生ではじめて東京の地を踏んだ。

 

新天地を訪れて四か月。大学生としての生活にもようやく慣れ、仲のいい友達もできてきたところだ。八月のぎらぎらした太陽は、恐れながらも踏み出した新たな一歩に、限りない賞賛と祝福を与えてくれているような気がした。

 

ここ四ヶ月、カケルはいろいろな世界を知った。授業に来ない同級生を心配した。ありとあらゆる不道徳を吹き込んでくるサークルの先輩を敬遠し、だからこそ憧れを抱いた。高校のときとは比較にならない期末試験の重さに、途方に暮れた。自由な身分に浮かれ、目の前の自由を謳歌している自分に酔った。

 

そしてなんとか、すべてを咀嚼したつもりになって、彼はいまここにいる。

 

大学の課外活動プロジェクト。シラバスにはなんだか難しそうな名前が書いてあったが、要するにまあ、遠足のことだ。希望したひとを、大学が東京に連れて行ってくれる。ずっとこの目で見てみたかった、東京という場所の姿を、詳しい教授の付き添い付きで見に行かせてもらえる。

 

そしてなぜか、行くと単位がもらえる。

 

線量計を片手に防護車両から降りてくるのは、カケルの双子の妹、鶴崎チカだ。彼女もまた、東京に来たのは初めてだ。それもそのはず、ふたりはこれまで、ずっと一緒だった。小中高と同じ学校に通い続け、ふたりとも同じ大学を目指した。にもかかわらずチカは、心のどこかで、さすがに大学生になったら離れ離れになるだろう、とも思っていた。

 

果たして。兄妹は揃って同じ大学に合格し、揃って千葉へとやってきた。不思議な気分だったが、同じ大学を受けたのだから、そりゃあ、そうなる。

 

当たり前なのになぜか不思議に感じることというのは、往々にしてあるのである。

 

教授の説明もよそにそこらじゅうを跳ねまわり、大学生活を小学生のようにエンジョイしている兄と違って、妹のほうはしっかりしていた。チカは線量計のメーターを眺めると、呟いた。「本当に、下がってる……」

 

下がってる、というのはもちろん、放射線量の話だ。核戦争で滅びて以降、東京は禁断の地だった。残留線量は人体に影響のあるレベルで、一日訪れるくらいなら死にはしないが、とても人が定住できる場所ではない。もちろん警察もいないので、反社会勢力の取引場所として使われていて、二重の意味で危険だ。

 

だが最近、とある発見によって、この地の除染は急速に進んでいた。だからこそ、二人はここを訪れられたのだ。

 

もっとも楽観主義者のカケルは、そんなことには興味がないみたいだった。昨晩、二人の家でチカが心配をこぼすと、カケルはこう言ったのだった。「大学のカリキュラムなんだぞ。大丈夫じゃなかったら、行かせてくれるわけがないだろ」

 

だがチカは半信半疑だった。カケルの言うことはもっともだ、だが東京ということばのおぞましい響きは、そんな論理では消えてくれない。行くと死ぬ場所、どの生徒もこれまで、そう教わって生きてきた。いまさら大丈夫だと言われたところで、安心なんてできやしない。

 

チカは線量計を握りしめた。彼女は数字を信頼していた。だから実際に現地に行って線量計の示すものを見れば、不安は消えてくれるんじゃないか、と半ば期待していた。だが、それはどうだろうか。

 

わからない、というのが、チカの答えだった。不安なような気もするし、そうじゃない気もする。いまは冷静な判断ができていると思うが、それは単に、まわりにほかの学生がいるせいかもしれない。この先、もっとディープな東京に分け入れば、自分が正気でいられるかは分からない。

 

だが、帰りのバスはまだ先だ。チカは意を決すると、大好きな兄のもとへ向かった。