全自動鶴折りマシーン ⑩

チカはカケルの横について、瓦礫の中の道を歩いていた。

 

景色を見るのに夢中のカケルと違って、チカの不安は晴れなかった。チカの視線は周囲の廃墟ではなく、足元と線量計に向けられていた。自分の足で歩いているのにも関わらず、なにかふわふわと浮かんでいるような感覚。生の実感を取り戻すのは、ときおり躓きそうになるカケルの腹を、軽く小突く瞬間だけ。

 

チカは思わざるを得なかった。ここは空白の街、東京。わたしたちはこの空白の中を彷徨い続けて、外の時間と切り離されてしまうのではないか。そして千葉や埼玉や神奈川にいるだれも、わたしたちが消えたことに気づかないんじゃないだろうか。

 

そんな世界を想像すると、恐ろしいような孤独なような、そんな曖昧な感情が押し寄せてくる。

 

教授の説明が前方から聞こえ、チカは我に返った。「さて、見えてきました。《祈りの像》、俗にいう『最初の千羽鶴』です。このモニュメントはもともと……」いまこの話を、正気で聞いているひとはどれくらいいるのだろう? それとも、わたしだけ?

 

仮にこの地が本当に安全だとして、わたしはここで過ごせないだろう。チカはそう確信していた。

 

だが。

 

一行は『最初の千羽鶴』のもとに到着した。教授が立ち止まり、カケルは少しでも前で見ようと、空いている場所を探した。チカはカケルの一足後ろにとどまった。

 

カケルの肩越しに、チカはその千羽鶴の現物を見た。そして不安と疑念が、一斉に引いていくのを感じた。

 

全員が、心なしか癒されているようだった。

 

「……民間では昔から、千羽鶴に健康や平和への祈りを込める風習がありました」教授の声。「サイズも小さく、鋼鉄ではなく紙で作られたものですから、このモニュメントほどの効能はなかったことでしょう。ですが伝統というのは、なかなか的確に事実を表しているものです。きっと昔の人は、紙製の千羽鶴のわずかな効能を、しっかりと見抜いていたのでしょう」

 

小学校の頃、入院した担任の先生に向けて千羽鶴を折ったことをチカは思い出した。学級会の時間を使って折ったものだ。千羽には遠く届かなかったそれは、カケルのクラスの担任の先生によって、病室に届けられた。

 

その後、先生は快復した。当時は知らなかったが、今思えば、千羽鶴の効果も少しはあったのかもしれない。チカたちの祈りではなく、その形状のなす効果が。

 

「……現在、東京にはこのモニュメントが三十二基あります。このサイズのモニュメントを用いた場合、東京全土の除染には五千基ほどが必要ですので、東京を取り戻すにはまだまだ時間がかかるでしょう。ですが現在、千羽鶴の量産プロジェクトが進行中です。ほぼ完全自動で、これを作る機械の開発が、彫機研の折田先生によって進められています」

 

千羽鶴機械的な量産。東京がふたたび大都市に返り咲けるのならば、それはすばらしいことだろう。カケルはきっと、新しい東京を素直に喜ぶだろう。

 

だが、チカはなんとなく、少女時代の感情が踏みにじられたような気分になった。

 

……祈りとは、なんなのだろう。祈りの価値とは。それは実際に有効な形状のものを、そうとは知らずに作り出してしまうことなのだろうか。もし千羽鶴に効果がないか、あるいは健康に悪影響があったとして、知らずにそれを作ることは、祈りではないのだろうか?

 

残念ながらきっと、そういうことなのだろう。