遊泳プロシージャ ④

赤道までは一時間ほどの旅路だ。

 

彼によれば、短距離シャトルでの移動には、星間移動とはまた違った心地よさがある。うまくは表現できないが、「移動している」という感覚があるようだ。宇宙空間を超光速で駆け抜けているとき、機体は揺れもしなければ、音も出さない。窓の外に移り変わる景色もない。完全な静寂と無の中を漂っていると、いつの間にか、目的の星の近くにいる。

 

だがいま、彼はたしかに移動している。文字通り、乗り物に「揺られている」。衝撃波は機体の流線形に受け流され、だが防音壁を突き抜けて彼の耳に届いている。窓の外には、灰色の大地の凸凹が見える。

 

マッハ十五。光速ではなく音速の領域。人類文明の偉大さを感じるには十分な速度。だが同時に、地に足の着いた速度だ。

 

移動していることを、五感で感じ取れる速度だ。

 

とはいえ。

 

代わり映えのしない景色を眺めているのに、一時間は少々長すぎる時間だ。せめて海でもあれば、海岸線の形でも眺めて時間をつぶせるのだが、あいにくこの惑星に液体の水はない。ほかの星と同じように、彼は、次第に飽きてきてしまった。

 

それでも、彼は景色を眺めつづけた。こういうときに読む本は持ってきていたが、どうにも開く気になれなかった。心地よい揺れはまるで、網目のうえの彼を、無気力という奈落にふるい落とそうとしているかのようだった。

 

眺めていてもなにもないと知ってはいる。でも、眺めつづける。それはどうしてだろうか。未踏の大地より、はるかに大きな疑問。

 

せっかくなので、彼は考えてみることにした。

 

望遠鏡で覗くような見方で、彼は自分自身を見た。灰色の大地に、一機の飛行機が飛んでいる。どこにでもある、ありふれた星だ。きわめて無機的で、地殻変動と火山活動だけが、この星で起こる事件のすべてだ。あとは数十公転周期に一度、小さな隕石が衝突するくらいか。

 

見るべきものは、なにもない。その点に関しては、まちがっていないような気がした。

 

彼は偶然性に思いを馳せた。この星は選ばれた、他でもない彼自身に。だから彼は、この空を飛んでいる。この星の空は、彼に飛ばれている。数十億年にわたる歴史のなかで、はじめて迎え入れた生命の鼓動。だがその知的生物は、いっさいの期待も、興奮も覚えていない。

 

ことり、と音がして、気圧計の針がわずかにふれた。

 

そうか。彼は自分の感情を結論付けた。

 

はじめての訪問者の態度として。

 

最初から拒絶するのは、なにかまちがってるんじゃないか。たとえ長年の経験から、何もないことが分かり切っている星でも。

 

それはもしかしたら、宇宙のすべてに恋焦がれていた、幼少期の彼の魂の叫びなのかもしれなかった。