遊泳プロシージャ ⑥

見渡す限りが、真昼の太陽にきらめいていた。

 

彼は黄金の大地に立っていた。見える全てが金色だった。遠くの山は金色だ。足元の砂も金色だ。空すらも、地面の光を受けて輝いているように見えた。

 

この星の青白い太陽は変わらず、大地へと冷酷なエネルギーを照射しているのだろう。だがこの場所では、太陽は黄金に負けていた。絢爛の大洪水に包み込まれて、冷たい熱は温かい涼気へと昇華していた。

 

しばらくのあいだ、彼は自分がおかしくなってしまったのかとさえ思った。視神経が異常をきたせば、こういうこともあるのかもしれない。あるいは、認知機能か……

 

いや、違う。目の前の世界には圧倒的なリアリティがある。妄想だなどとは、とても思えない。

 

引き返すことを選んだのは正解だった。よく考えれば、そもそも赤道を目的地にする必要などなかったのだ。赤道の近くに、赤道そのものよりも面白そうな場所があれば、行けばいいだけ。そうしない選択が頭をよぎったのは、面白そうな場所などないと半ば決めつけていたからだった。

 

彼はあたりを練り歩いた。摂氏九十度くらいの外気温なら、宇宙服が完全にシャットアウトしてくれる。それでも彼の額には、大粒の汗が浮かんでいた――おそらくは、発見の興奮から。金色を踏み、金色を掬う。持ち上げようと試み、あまりの重さに断念する。一歩を踏み出すごとに、これが現実だという実感が強まってゆく。

 

砂が転がり、彼の股のあいだを抜けた。彼は黄金に反射する自分自身を見た。

 

ひょっとして、成し遂げてしまったんじゃないか。なにか、偉大なことを。

 

だが偉大さの正体に気づくのには、しばらくの刻を要した。

 

金は貴重な物質だ。金本位制は、兌換可能な金の総量が少なすぎることによって崩壊したが、いまでも同じ理由で復活に至っていない。この宇宙時代にも、金はまだまだ稀少。近宇宙全てを見渡しても、地球の鉱山を大きく超える規模の金鉱は見つかっていない。すくなくとも、簡単に掘れる形では。

 

だが、もし目の前のすべてが金だとしたら。

 

この惑星はただの惑星ではなくなる。近宇宙いちばんの金の産地として、誰しもが知る理想郷になる。地球には金が溢れる。最高の圧延性をもつ物質を、安価で使うことができるようになる。王道の輝きは貴人の手を離れ、一般庶民の手指を彩ることになる。

 

そして。それらすべての発見者として、彼自身の名が歴史に轟く。

 

彼はその場で飛び跳ねた。わけもわからず、踊り狂った。金粉が舞い、宇宙服をきらびやかに染め上げた。小さい頃からの、究極の夢。思い描いたことすらなかった、夢の中の夢。それがいま、確実に叶ったような気がした。

 

名声。富。人類きっての野望、人類の利益。そのすべてが、いまや彼の足元にあった。先駆者たる彼だけが、それを知っていた。北極だけで満足せず、ひととおり星を眺めてみることを選び続けた彼だけに、知る権利があった。彼だけを待っていた可能性の光。彼はついに、それを抱きとめたのだ。

 

黄金色の光が全方位を包み、同時に彼の心も包んだ。全宇宙の中の、彼だけを包んだ。黄金の恍惚。その風景を知るのは、宇宙広しといえども、まちがいなく彼ひとりだけだった。