青白い太陽の光が機内に差し込み、だが影はできなかった。惑星の真昼。彼が外気温計をちらりと見ると、針は摂氏九十度を指していた。地球外にしてはだいぶ穏やかな気温だが、それでも宇宙服なしで過ごすことはできない。
地球とはいかに恵まれた環境か、と思いかけて彼は、地球に合わせて生物は進化したのだ、という事実を思い出した。
昔はこんな環境でも、居住可能惑星と呼んだそうだ。彼の両親が子供の頃、人類が訪れられる星は数えるほどだった。人類が工夫を凝らせばギリギリ生きていけるかもしれない、くらいの惑星を見つけては、新しい世界の発見だと喜んでいたらしい。
気温がマイナス百度から百度の間で、酸素と水をどこかからか取り出す手段があって、地球からの配給船が定期的に往復できれば。
だが、いまは違う。
数億個の星に訪れた人類は、よりよい環境の星が存在すると知っている。液体の水があり、毒性のない雨の降る星が。摂氏二十度の気温の地点が。固有の植物が食べられる星もあり、それが結構美味しいので、地球上でブームになったこともある。大気組成だけは難しい問題だが、それでも数年間なら、生身の肺で生活できる星もある。
地球のような星を見つけるのは、難しい。だが、星の数の暴力の前では、造作もない。
彼は目の前の大地に思考を戻した。地軸の傾きの小さいこの惑星で、真上から照り付ける太陽は赤道直下を意味する。すなわち、目的地は近いということだ。降りる準備をしなくては。
彼は窓の外に、再び意識を向けた。これまでも視線は向けていたが、思考は別のところにあった。灰色の大地。太陽に焼かれ、こころなしか色が淡いように思えるが、それでも無機質な、無生命の大地。
耐熱服を着ないといけない。彼は窓枠に手をつくと、計器に触れないように慎重に立ち上がった。
その瞬間、違和感が彼を横切った。
彼の脳は、違和感の源流が視覚だと言った。
まるでリプレイ映像のように、一瞬前の記憶を脳が補完した。目下に彼は、なにやら光るものを見た……気がした。灰色の大地にはありえない何かを。この星が特別であるかもしれない証拠を。
たくさんの星を訪れた彼だからこそ、違和感は意味を持つ。ほかの星を知るからこそ、ほかの星と違うと分かる。
もしかすると、単なる見間違いだったのかもしれない。マッハ十五で空を駆けるシャトル。音速の領域とはいえ、それでもかなりの高速だ。人類の目が、適応して進化してこなかった領域の速度だ。
彼は逡巡した。戻ろうか、戻るまいか。その間にも、光はマッハ十五で遠ざかる。気のせいかもしれない。戻ろうにも、正確な場所にはたどり着けないかもしれない。
だが別の声が、彼を説得した。幼少期の彼の、宇宙と夢とを結びつけていた声が。
月の地面に感激した、小学校六年生の彼が。
「神秘を見てみようよ」そう幼少期の彼は言った。
「神秘? 何の話だ」夢無き彼は返した。
「さっきの光だよ。神秘的だったでしょ」夢の声。
「見間違いだろ」現実の声。
「見間違いじゃないかもしれないじゃないか」夢。
「かもしれないな。でもな……さっさと終わりにしたいんだ」現実。
「終わりに?」夢――現実。
「そう。地球に帰って、また次の星へいかなくちゃ」現実――夢。
光がフラッシュバックする。夢と現実の彼の両方に。若き彼には希望として、現在の彼には義務として。ふたつの思いは交錯し、混じり合い、やがてひとつの思想になる。まるでふたりが同一人物かのように。同じ夢を抱きながら、同じ世界を眺めているかのように。彼ははっとする。両方の彼がはっとする。
夢と現実の彼は、同時に矛盾に気づく。
「「じゃあ、なんでわざわざ、赤道なんかに来ているんだ?」」