人の惑星 ⑥

 最初に詰め寄ってきた、その生物が人間であると仮定するならば若い男である個体は、訳の分からないことをいくつか聞き、諦めて帰っていった。

 

 次に寄ってきたのは老女に見える個体で、なんらかの宗教具らしいネックレスを握りしめ、奇怪なふりつけとともにわたしの足元にひざまずいていたが、すぐに別の個体に引き剥がされた。

 

 そうして何人かと無意味な接触を続けた。だいたいは声を張り上げてなにかを叫び、あるいは身振りでなにかを示し、わたしはただ困惑して、船のほうを指さすだけだった。その流れも終わりかけ、群衆も少なくなってきたころ、ノートのようなものを手に持った初老の男らしき個体が話しかけてきた。

 

 そして驚くべきことに、そいつはちょうど数時間前にわたしがやったのとまったく同じ行動に出た。

 

 紙のようなものに書かれたもじゃもじゃを見て、わたしは言った。「これはなに?」相手はかれ自身の目を指さして、言った。「コレハナニ?」

 

 お互いが同じ目的を共有していると、仕事はスムーズに進む。ほんの三十分後にはもう、わたしはわたしの母語である日本語で、日本語そのものについて説明していた。わたしはこの船で飛んできました。わたし、は一人称の代名詞です、は、はそれが主題であることを表す助詞であり、が、と違って他との比較の意味を含んでいる……うんぬんかんぬん。一時間の夢中の立ち話の末、相手はもう片言の日本語を操れるようになっていた。

 

 これだけのスピードで未知の言語を習得する、というのは、はたして地球の言語学者にできることなのだろうか。それについてわたしは知らなかった。

 

 だから、単刀直入に聞いてみた。「ここは、地球、ですか?」

 

 内容を考えているというよりはことばを思い出している、という感じで相手はしばしあごに手を置くと、おもむろに話し出した。「あなたは、あなたの星のことを、地球、と呼ぶのですね。わたしには、わたしの星のことを呼ぶ名前があります。でもそれが、地球、とおなじ星のことなのか、わたしはわかりません」

 

 なるほど、それはもっともだ。わたしは己の不覚を恥じ、気を取り直して訊ねる。「……そうですね。それなら、ここは、なんという、国、ですか?」

 

「ここは、……シア、です」耳に覚えのない名前を男は言う。

 

「なんだって?」聞きなれない地名、それが指す事実とは。

 

「ヘリシア。『みっつのうみ』のきたにあります」男は答える。そしてややあって、わたしとかれは同時に言う。「なるほど、ここは地球ではないようですね」