人の惑星 ①

 高原の草原に佇む「天穂」号の最外層ハッチが二十年の休止を解き、惑星の大地へとなめらかに開いた。もうもうと上がる蒸気も荘厳な軋み音もなく、船はただ静かに、内空間を惑星大気へとさらけだした。

 

 地球尺度にして数秒後、わたしは外に出る。先遣ドローンからの報告とサンプルによる試験から、この惑星の大気が呼吸可能だということはすでに分かっている。だからわたしは、備え付けの宇宙服を「天穂」号に置いたままにしている。酸素ボンベは持たず、リュックサックに携帯食料とキャンプ用品を詰めて、丈夫なシャツとズボンという格好で「大きな一歩」を踏み出すことにした。

 

 大人の男が通るにはやや小さいハッチの淵をつかんで、わたしは黒土の地面へと跳ぶ。まるで駐車場に止めた自分の車を降りるときのように、軽快かつパターン化された動き。問題なく歩ける程度に地面が固いことを確かめると、ドローンと AI が作成した地図に従って歩き出す。

 

 ここに旗は立てない。だいぶ前、人類がはじめて地球以外の天体に到達した際、アームストロング船長はその表面に自分の国の旗を立てたそうだ。わたしが地球を経つ段になってもその慣習は健在で、個人用の持ち物のチェックリストには国旗の項目があった。日の丸を持っていくように勧めてくる同僚は何人もいた。だが、わたしは「重量の無駄だ」とお決まりの冗談を言って、断った。それで納得してくれる相手はいなかったが、すくなくとも、話の通じない奴だと思わせるだけの効果はあった。

 

 わたしの考えはこうだった――どんな姿かは知らないが、この場所にすでに暮らしている生き物がいる。ならば、ここはわたしの土地ではない。言えば馬鹿にされるのが目に見えていた――そうか、お前はバッファローにすら先住権を認めさせたいのか――から、同僚の前では言えなかったが、意志は固かった。

 

 そしてその意志は、ほとんどが冬眠からなる主観時間で二十年の宇宙飛行を経て、地球から千二百光年離れたこの惑星の地を踏んでもなお、変わらなかった。変わりようがなかった。

 

 わたしはまっすぐに歩く。1G がどれくらいの強さなのかという感覚はもはや忘れてしまったが、この場所の大地は歩きやすい。ときおり足元の傾斜をはかり、手元の地図と見比べて、方向があっていることを確認した。ドローンと拡張現実によるもっと高度なアシストシステムを使ってもいいのだが、わたしが旧世代の人間だからなのか、そうするのはなんだか間違っているような気がした。この星を歩く初めての人類としての責務というか、そういうものをわたしは大事にしていた。