カンニバル食堂 48

ステファンはとっさにキャサリンを背負い、ボブたちのあとを追った。「わたしは置いていって」――そうキャサリンは言ったが、彼女の破滅願望には付き合わないと心に決めていた。

 

内臓を焼かれるほどの疲労の中でも、ステファンはアンナのことばを聞き逃さなかった。なぜだか知らないが、彼女は出口の方向を知っているのだ。ついていかないわけにはいかない。

 

「気づかれないように、静かに行くぞ」 ステファンは囁き、肩にうなずきを感じた。ステファンはモーターの唸る大きな音を聞いた。このところほんとうはずっと聞き続けていながら、脳が勝手にシャットアウトしていた、ひっきりなしの環境音を。ふたりぶんの体重をもってしてなお、その機械のざわめきは、じゅうぶんにステファンの足音をかき消してくれるだろう。

 

ステファンはモーターの音に耳をゆだねた。純粋なるノイズ。完全に規則的で、完全に不規則な音。だれの意志もこもっていない、誰に伝えようとも思っていない、ただただ鳴ってしまっているだけの音。その音と同化するうちに、ステファンはひとつの疑問に思い至った。

 

出口を知っているなら、アンナはなぜ逃げなかったのだろう。

 

ボブとアンナの影が遠目に見え、そして曲がり角に消えた。その直前、アンナの平坦な声が、全てのノイズに混ざって聞こえてきた。「つぎはこっち」

 

そしてステファンは気づいた。アンナは、逃げても行くあてがないから逃げなかったのだと。ボブのように親身になってくれる誰かを探していたのだと。

 

それなら、ふたりにしておいたほうがいいだろう。ステファンに、彼らの愛を壊してまで守るべき相手はいないのだから。

 

「あいつらのためには、わたしたちは姿を消すべきなのだろうな」 ステファンは囁いた。耳元の吐息で、キャサリンは同意を示した。このまま、気づかれないように、彼らのためにも、そしてステファンたちのためにも。

 

だがわたしたちのためには、追わなければならない。アンナに離されないように。

 

曲がり角にたどり着くと、ボブの背中が見えた。その背中は、いつもより心なしか大きく見えた。脱出に成功したら、彼らはうまくやっていけるだろうか? 奴の人肉店を、アンナはどう思うのだろうか? ボブは再び曲がり角に消え、ステファンは先を急いだ。

 

そのとき、ステファンの膝を奇妙な感覚が襲った。いや、感覚がなくなった。まるで、腰から下がすべてマネキン人形になってしまったかのように。ステファンは膝から崩れ落ち、キャサリンの重みに背中から倒れた。二人分の重みが地下に轟いた、キャサリンのうめき声も聞こえないほどに。

 

「ステファンか?」 仕切りの向こうから、ボブの声がステファンを射抜いた。

 

「……」ステファンは観念したが、声は出なかった。ステファンはどんな罵声も、宣戦布告も想像した。縁を切られて、殺すとすごまれるのを想像した。

 

だがボブの答えは、どれとも異なるものだった。全身の感覚がバラバラになる寸前、ステファンはボブの、聞いたことのないほどに冷静な声を聞いた。

 

「アンナ、追われてる。急ぐぞ」