「このひと、おとうさんとはなしてた。にせもののおとうさんと」 アンナは話し始めた。その話しぶりに、ステファンはアンナがまだほんの子供であることを再認識した。たとえその少女が、肉人の部屋で数えきれないほどの日々を過ごしたのちになお、外の世界を目指すために便りを送るだけの知恵を持ち続けた誇り高き少女でも、ことばは年相応に要領を得なかった。
「偽物のおとうさん? 話すって、何をだ?」 ステファンは訊ねた。
「にせもののおとうさんは、わたしをつれてきたおとうさん。ほんもののおとうさんとはべつ」 アンナは答えた。
「偽物のおとうさんって人が、きみをこの工場に連れてきて、このお姉さんと一緒に、きみを部屋に閉じ込めたってことか?」 ステファンはキャサリンを指しながら訊ねた。
アンナはかぶりを振った。
「じゃあ、このお姉さんに言われて、偽物のおとうさんはきみをここに連れてきて、閉じ込めたのか?」 ステファンは言ったが、キャサリンがそんなことをするとは思えなかった。
案の定、アンナはかぶりを振った。
「じゃあ……じゃあ、どういうことだ?」 ステファンは訊ねたが、すでにこの禅問答に飽きはじめていた。これだから子供は困る、ステファンはそう思って溜息をついた。
ボブが口をはさんだ。「そんなに詮索するんじゃない」 じっさい、これ以上詮索しても答えは得られそうになかった。
だからステファンは質問を変えた。「じゃあ、本物のおとうさんっていうのは? きみのお母さんは離婚したのか?」
「ううん。おかあさんはいない」 アンナは答えると、ボブの顔を指した。「ほんとうのおとうさん。このひと」 アンナはついでステファンを、自信なさげな指使いで指した。「このひとは……どっち?」
どっち、とはなんだろう。ステファンの疑問をよそに、ボブはおとうさんと言われたことに破顔していた。いまにもアンナを撫でまわしそうな勢いで、ボブは言った。「ほんとうに、お前ってやつは……!」
「どういう意味だ、ボブ? まさか本当に血縁関係があるわけじゃないよな」 ステファンは訊ね、ボブは情熱的に答えた。「当たり前だろ。アンナが俺を本当のおとうさんのように親しく思ってくれている、っていうことだ」
「それはよかったな」 ステファンは適当にあしらうと、アンナに向き直り、内心のいらだちをつとめて抑えて答えた。「わたしはおとうさんではないが、おとうさんの友達だ。仲良くしてくれるかな」
「でも、ボブとたたかってた。そのひとをまもってた」 アンナは怪訝そうに言った。それはまるで、ステファンを信頼すべきなのかどうか混乱しているようだった。ステファンは、混乱が解けるのを黙って待った。
しばらくの沈黙ののち、ようやく考えがまとまったようで、アンナは口を開いた。
「ボブはステファンをともだちっていう。だから、ステファンはともだち。でも、ステファンはそのひとともともだちで、だから、ステファンはてき。
じゃあ、ステファンは、どっち? わたしのともだちなの? それとも、てきなの?」