召使 ②

「あーあ、こりゃ重症だね」ミナが諦めたようにつぶやく。「満たされない病もここまで来たか」

 

 満たされない病、という表現は的確だった。わたしは聞こえないふりをして、手近なクッションに顔をうずめる。

 

「ほっとけよこんなの。どうせ死ぬまでこうやってわめき続けてんだろうさ、欲しいもんなんかない癖に、なにかが足りない、もっと満ち足りた毎日があるはずだ、って。悲劇のお姫様ごっこもいい加減にしろってんだ」ハルカがくだを巻く。

 

 こいつの口が悪いのはいつものことだから、この程度でいちいち傷ついたりするわたしじゃない。でも彼女のことばもあながち嘘ではなかった。

 

 甘えられる彼氏も本音で言い合える友達もいて、大学の成績も悪くなく、特別お金に困っているわけではない。だから、いまのわたしにはなにかが足りないと思いつつも、本当に足りないものがなんなのかは、全然わからない。彼女の言う通り、ほんとうは足りないものなんてなにもないのに、わたしが勝手に満ち足りないと思い込んでいるだけなのかもしれない。

 

 でも。足りないものはやっぱり、足りない。刺激が欲しい、できればこの愛すべき退廃とは違ったなにかが。

 

「まあまあ、落ち着いてよ」酒瓶を振り回すハルカをカオリがなだめる。カオリはいつだって優しい。「キョウコが足りないものがあるって言うんだったら、一緒に探してあげようよ。わたしたち友達なんだしさ。思い違いだって決めつけるのは考えたあとでも遅くないんじゃない?」そして思い出したように、こう付け加える。「ほら、ちょうど話題にも困ってたところだし」カオリはいつだって優しく、それがちょっと息苦しいこともある。

 

 その優しさにミナが便乗した。「いいね。あの酔っ払いを質問攻めにして、あることないことしゃべらせちゃおうぜ」そう言ってわたしからクッションを取り上げると、「どうせ聞いてたんでしょ?」とこともなげに言う。その無神経が妙にありがたい。「聞いてないって」とわたしは信じてもらう気のない返事をして、それを嘘だと示すために、だれも見ていないテレビにわざとらしく目を向ける。

 

 テレビでは名家の主が、執事になにやらを命令している。主の書斎とおぼしき厳粛な部屋には、ふたりのほかにだれもいない。執事は主に恋心を抱いており、だがそれをおくびにも出さず、粛々と主君の命令を聞いている。そして聞き終わるときっと踵を返し、豪奢な扉を開けて部屋から出ていく。

 

 それを見て、わたしはひらめく。欲しかったものが分かってしまう。

 

「これだ」わたしはつぶやく。

 

「え?」と全員が言う。まるで頭の上に浮かんだはてなマークが目に見えるように、三者三様に疑問を顔に浮かべている。

 

 そんな友人たちにわたしはびしっと人差し指を向け、高らかに宣言する。

 

「わたし、分かった。わたしに足りないもの。わたしは、なんでも言うことを聞いてくれる召使が欲しい」