突然の意味不明な状況に、ぼくの頭をさまざまな疑問が駆け巡り、出口を求めて渋滞を起こしていた。そんななか、最初に口をついて出てきたのは、いちばんくだらない質問だった。
「……酔っ払ってます?」思わず、ぼくは尋ねる。
先輩はこんなことをするひとではないはずだった。いや、ぼくはそう素朴に信じていた。在学中はほとんど接点がなく、一応同じ部活ではあったらしいが、部活にはぼくも先輩もほとんど顔を出していなかったので、話したことはなかった。それでもぼくが彼女を知っているのは、朝早く、登校中に見るすらりと背の高い後ろ姿が印象的だったからだ。
「え? 酔っ払うって、なんで?」きょとんとした顔で、彼女は言う。手には依然として、泥団子が大事そうに抱えられている。「わたしまだ十九なんだけど」
「……いや、大学生って、未成年でもこっそりお酒くらい飲んでるんだと思ってたので」ぼくは返す。「先輩はまだ飲まないんですか?」
彼女はそれを聞いて、ぷぅ、と不満げに頬を膨らませる。そして声に強めに怒気を込め、言う。「飲まないよ。十九だって言ったでしょ」そしてひとつ息を吐くと、膨らませていた頬を途端にほころばせる。「でもね、二十歳になったら最初に飲むお酒は決めてるんだ。知りたい?」
「どんなやつですか? 言われても分からないと思いますけど」
「あのね……」と彼女は二、三個名前を挙げ、案の定ぼくはそれを知らなかったけれど、先輩があまりに楽しそうなので、うんうんと社交辞令的に頷いて見せる。「どう思う?」と目を輝かせながら聞かれたので、「いいんじゃないですか」とぼくはおざなりに返す。
「でしょ。きみにも同じものがオススメだよ」と彼女は笑う。オススメも何も飲んだことないでしょ、というツッコミは、心の中にしまっておく。
「ありがとうございます、で、それより」これ以上続けても仕方ないので、ぼくは話題を変える。
彼女のイメージが変わっていく音が、ぼくの内側から聞こえるようだ。だがとりあえずひとつ分かったこととして、彼女はシラフであるらしい。となると、彼女はまったくの本心から、ぼくに泥団子を差し出していることになる。まずはその謎をどうにかしたい。
「……それより、これ、何ですか」ぼくは彼女の手のひらの上の、丸い黄土色の物体を指差す。
「言ったでしょ?」彼女は笑うが、やはりそのなかに子供のようなあどけなさは見受けられない。整った顔が、整った大人の笑みを湛えている。「おいしいお餅だよ」
「そうじゃなくて」
「ん? 泥団子だけど。さっきあそこで作ったんだよ」と指をさす彼女。
「ですよね」
「そうだよ」
「どうして泥団子なんて作ろうと思ったんですか、それにどうしてそれをぼくに渡そうと思ったんですか」
「え?」と彼女は再び、きょとんとした表情を浮かべる。「どうして、って……」
困惑したままの彼女を見て、ぼくもまた困り果ててしまう。十九歳の大学生が親しくもない後輩を幼稚園児のようなおままごとに付き合わせ、それをおかしなことだと認識していない。それで困らないほうがおかしい。状況を整理しようと、ぼくは深呼吸のために口を開ける。
それが間違いだった。
彼女はにやりと笑うと、「あーん」と楽しげに呼びかけながら、開いたばかりのぼくの口に、持っていた泥団子を思い切りねじ込んだ。