ヒロイン案 ⑥

 翌週の授業に、彼女はいつも通りに現れた。

 

 今日の服装は白のワンピースだった。それが彼女だと知らなければ気にも留めなかったような地味目な恰好で、黒い髪を肩までまっすぐに降ろしている。おとなしく目立たない学生といった風貌で、緑色をした眼鏡が控えめに、両耳に体重を預けている。

 

 ぼくはぎこちなく挨拶をして、二つ隣の席に腰掛ける。振り向いた彼女と目が合い、ぼくは危うく椅子から転げ落ちそうになった。服装のおとなしさとはとうていかけ離れた燃えるように真っ赤な瞳が、ぼくの目をまっすぐに、火矢のように射抜いていた。

 

 彼女に対する幻想は、先週のこの日に壊れた。自分でも気づいていなかった自分勝手なぼくの想いを彼女は完璧に見抜いており、そして明確な悪意を持って、それを破壊し尽くすように行動した。ぼくはあのとき確信したのだった、ぼくの脳内の虚像はどこまでも脆く、ひとたび壊そうと画策されれば、跡形もなく消え去ってしまう。ぼくはもう二度と、彼女の出現という興味深いイベントを、これまでのような好奇心でもって迎えられないのだろう。そう考えて疑わないほどに彼女は強く、的確で、そして容赦がなかった。

 

 だが予想に反して、ぼくはまだ彼女のことが気になっていた。知りたくなかったさまざまな情報を伝えられ、変幻自在の仮面を目の前でビリビリに破り捨てられながらもむしろ想いは強まるばかりで、それがどんな想いなのかは自分でも分からないながらも、とにかくそのことが不思議だった。

 

「やっぱり来た」彼女はそう言って笑う。穏やかな声と裏腹に、目には捕食者の輝きが満ちている。「当ててあげよう。きみは今度は、わたしのことなんか忘れて、愛想を尽かさなきゃいけないって思ってる。なぜって、先週の自分の負けを認めるためにね」

 

「その通りだよ。でもそうはできなかった」とぼくは、またしてもぼくの気づいていなかった感情を言い当ててみせた彼女に向けてうなずく。ミステリアスがぼくを彼女に惹きつけていたものの正体だとすれば、完璧な手口がそれを失わせたいま、彼女を追いかける理由がどこにあるというのだろう? ぼくは先週、完膚なきまでに叩きのめされたはずだった。幻想は壊れたはずだった。なのにどうして、関心は消えてしまわないのだろうか?

 

 ぼくはふとひとつの事実に気づく。図星を突かれたにしては、ぼくは不思議と冷静でいられている。きっとぼくは、ぼくのことはなんでも彼女にはお見通しなんだと信じ込んでいるのだろう。そう結論付けた瞬間、思わぬことばがぼくの口をつく。

 

「この後、一緒にどうかな? 確かめたいことがあるんだけど」