症例報告

 今日の昼、大学に向かおうとしたところ、電車の中で身体がおかしくなり、危うく倒れるところだった。またとない機会なので、そのときの状況を記録しておくことにしよう。

 

 発端は駅への道中だった。汚い話で恐縮だが、最寄り駅につく直前、肛門が悲鳴を上げ始めるのを感じた。あわてて駅に向かうと、運よく個室が空いていたので、最悪の事態は避けることができた。

 

 問題はここからであった。トイレにいるときは間に合った安堵感から気づいていなかったのだが、上がった息が一向に落ち着く様子がない。用を済ませて手を洗いホームへ向かったが、やはり呼吸は治らない。冷たい空気を吸い込んで深呼吸したり、マスクを少し外してみたりもしたものの、それでもやっぱり呼吸は浅い。

 

 電車に乗っても治らないあたりで、なにかがおかしいと感じ始めた。走れば息が上がるのは仕方のないことではあるにせよ、長すぎる。なにせ、トイレまでの高々数十メートルの距離を、駅の入口において許される程度の速さで走っただけである。たしかに途中のゆるい階段で着地に失敗して前のめりに転んだりはしたが、頭を打ったわけでもなければどこかけがをしたわけでもない。

 

 そのときわたしは、高校生のころの体育祭を思い出していた。運動部をやめて久しい状態でリレーに出場したわたしは、二百メートルを全力疾走して久々の負荷に力尽き、その後三十分くらいのあいだ吐き気を感じていた。軟弱になったものだ、と当時は思ったものである。

 

 それからろくに運動などしていないから、いまのわたしはそのころよりはるかに軟弱になっていることには間違いない。けれど、ここまでではないはずだ。

 

 なにかがおかしい、とわたしは思い始めた。

 

 するといつの間にか、視界が白く染まっていた。

 

 眩しいわけではない。目が閉じていたわけでもたぶんない――全然見えないから、目は意識して大きく開くようにしていたし、ドアの横にもたれかかりながら首を動かすと風景は微妙に変わった。よく夢の中でそういう状態になることはあるが、これが現実であるということははっきりと自覚していた。

 

 白といっても完全な真っ白ではない。電車内にあるさまざまなオブジェクトの輪郭は、下書きの線画のようにうっすらと見えた。視界の全域を赤と青と緑の点がまばらにちらついており、その一定の割合は実際の背景の色であるように思われ、そのほかはテレビの砂嵐のように、無秩序な光の粒であった。それらはただの点にすぎず、メガネをかけたり外したりしても、景色全体が色を取り戻すことはなかった。

 

 途中何度か意識が遠のくような気がしたが、気合で耐えた。あるいは耐えられてはいなかったのかもしれない、それは主観ではけっして分からないことだ。とはいえ、音だけはしっかりと聞こえていたので、車内放送を聞き、次に停まった駅で降りた。その判断だけは、なんとかできる状態であった。