科学の定義 ⑭

 具体例に行こう。

 

 例によって超光速移動の例である。思い思いの名前がついているとはいえ、サイエンス・フィクションにおける超光速移動のたいていは結局のところ亜空間航法に分類して問題ないだろうから、亜空間航法の話にしよう。

 

 亜空間航法をするにはなにが必要か。もちろん、亜空間が必要である。それがなんなのかはさておき、とりあえず相対論の支配するこの宇宙とはべつのなにかが要る。

 

 それだけではもちろんダメである。なにせ人類科学はまだ、超光速移動なんていうものを議論する段階にはないからだ。

 

 亜光速移動すらこの世にはまだない。そればかりか、光速のたったの一パーセントを出すことすら人類はまだできない。だから超光速移動のためにはまず、機材や推進力やエネルギーの確保から解決しないといけない。

 

 亜空間とやらを見つけたとして、そこの性質も調べなければならない。それがどんなものかはわたしたちのだれも知らないし、だれも知らないからこそ作家は好き放題に書けるわけだ。だがそれでも唯一分かることとして、亜空間とは常識の通用しない場所だ。すくなくとも物理は現に通用していない。

 

 非現実に現実味を持たせるためには、それはある程度都合の悪い空間でなければならない。いかに亜空間航法そのものがご都合主義だといえども。

 

 亜空間なんてものが見つかるところまではいいとして、そこを走る船は超然とした、新たな物理に基づいていなければならない。そこがたまたま人類に都合のいい空間で、既存の飛行機かスペースシャトルがそのままでも問題なく通過できました、というまでのご都合主義は、さすがに卑近すぎて許容されないのである。

 

 そのほかにも、やるべきことはたくさんある。亜空間航法なんていう大それたことは、膨大な科学の膨大な分野のありとあらゆる知性を合わせてやっと作り上げられるものである、という認識は、きっとわたしたち全員が持っている。

 

 だがそういう努力と無数の科学的障壁は、ことフィクションのなかにおいては、革新的な技術を前にして、ただなかったことのように扱われる。

 

 亜空間航法を実現させるために必要なのは亜空間である。創作の論理でそれはすなわち、亜空間さえ見つかれば、あとはどうにかなるということでもある。たしかにそこには努力がいる、膨大な人手と作業がいる、莫大な資金がいる。だがそういうことは、頑張ればどうにかなることとして、単に無視される。

 

 現代の宇宙開発技術に亜空間航法が含まれていないのは、亜空間がないからだけではない。それはみな分かっている。それでもなお、亜空間を存在させるだけで亜空間航法を実現させる権利を、作者は持っている。