鎢 ①

 すべてのカップルが、望めば子供を持てるような社会になるべきである。

 

 同性愛者の団体が政府にそう平和的に提言したまでは良かったが、偉くて守旧的なおじいさまおばあさまがたの脳内でなぜだかおかしな条件がついて、いつのまにか、持つのは血のつながった子供でなければならないということになっていた。

 

 政府がそういう方針をぶち上げたので、科学技術予算がたくさんついた。もともとそういう研究をしたかった科学者たちはたくさんのお金をもらい、研究と旅行と、それから毎年のように研究室のソファーを買い替えることに躍起になった。そしてついに、同性間の遺伝子を掛け合わせて新たな子供を作り出す技術が開発・実用化された。

 

 先進的なひとびとがそれを利用した。そして最初の五百年ほどのあいだ、問題は起こらなかった。いずれ発生すると予測される事態について、指摘する声がないわけではなかったが、その予測がすぐに現実になるほど、同性カップルの数は多くなかった。

 

 Y 染色体が減っていく、という問題である。

 

 よく知られていることだが、女性どうしのカップルから生まれた子は必ず女性になる。男性とは染色体対 XY を持つ人間のことだが、女性の性染色体は XX であるため、どうかけあわせたところで、Y を持つ子供は生まれない。

 

 対して男性どうしのカップルからは、三分の一の確率で女性が生まれる。男性も染色体 X を持っているため、ふたりの男性からともに X 染色体を受け継いだ子供は女性になるのだ。この確率が四分の一ではなく三分の一であるのは、ふたりの親からともに Y 染色体を受け継いだ胎児のほとんどが、生まれる(と定義される成長段階に至る)までに死滅するからである。

 

 最初の動きはゆっくりだった。総人口に占める女性の割合は統計上ゆるやかに増えてこそいたが、同性カップルのそもそもの数の少なさもあって、問題視されるレベルではなかった。

 

 だが女性の割合が六割に達したあたりからだんだんと、結婚は同性どうしでするのがよい、という価値観が一般的になっていった。それでは子孫が残せないだろう、という指摘は知っての通りすでに解決済みだから、止める声も少なかった。

 

 そこからは速かった。男性が絶滅危惧種になるまで、二百年とかからなかった。

 

 とはいえそれで人類が滅びるわけではない。男性の遺伝子が消滅することで発生するさまざまな医学的問題は、ほかの生物なら乗り越えられなかったかもしれないが、人類には医学があったから、どうにでもなった。

 

 というわけでこの西暦二千七百年現在、七百年前と比べて少々ミニチュアになった都市で、人類は平和に暮らしているのである。