新地球 ③

 新地球の歴史を語るうえで、絶対に外せない謎がひとつある。地球を失ったぼくたちの祖先がこの星にたどり着いた、その方法についてのことだ。

 

 もっとも、記録がないわけではない。窮地に立っても冷静さを失わなかった偉大な地球人は、目の前で母なる星が砕け散っていくなかでも、脱出船にだれを乗せるべきかの判断を間違えなかった。ときの権力者は、自分とその仲間たちが宇宙で退屈に過ごす時間を数十年間引き延ばすことではなく、人類全体を永劫にわたって存在させ続ける可能性を選んだ。だから脱出者たち――地球で信者の多かった宗教になぞらえ、かれらは自分たちを「ノア」と呼んだ――には、いずれ流れ着く先の惑星でまた地球文明を再興させられるように、さまざまな分野の専門家が選ばれた。

 

 もっとも多かったのは宇宙工学の技術者だ。理由は明らかで、ノアが惑星に流れ着くためにはまず方舟が無事でなければならない。その他の専門家はまんべんなく数人ずつが選ばれた。物理学者、化学者、生物学者、法学者に民俗学者、宗教家。船内ではおよそ役に立たないにもかかわらず、数学者や経済学者も連れてこられた。かれらは電子化された知識をことごとく船に持ち込み、その維持に努めた。かれら自身が死ぬ前に、知識を生まれた子に授けた。

 

 当然、歴史学者も選ばれた。だが歴史学を進展させるはずの新しい考古学的発見は、地球そのものが消えてしまったいま、もはや望むべくもなかった。したがってかれらは目的を別のことに定めた――地球が崩壊して以降に刻まれる人類の歴史を、間違いなく記録しておこうとしたのだ。

 

 記録によれば、ぼくたちはおよそ二万年をかけて新地球へとたどり着いたらしい。まだ PJ8917290 と呼ばれていたその星への旅路は細部に至るまで事細かに記述されており、乗組員の家系図、宇宙船の故障の時期と部位、あげくには当時船内で流行したミームに至るまで、ぼくたちはすべてにアクセスできる。そのすべてが訓練を受け継いだ書き手によって書かれており、いっさいの謎を許さない精緻さで、歴史は綴られている。

 

 だがそれでも謎は残った。いや、だからこそ、と言うべきか。歴史によればぼくたちの祖先は、たったの二万年で、二千光年も離れたこの星へとたどり着いたのだ。単純計算で、速度は光速の十分の一。だが技術的に未熟で、ハイエスト・ウェイの存在すら知らなかった地球人に、どうしてそんな船を設計することができたのだろうか?