近未来風現代 ②

「奴は高速道路を西に向かってる」スマートフォンに向けて忍者はつぶやく。東京の地上は止むことのない騒音に包まれており、十数キロメートルの彼方にいる話し相手を除いて、誰にも聞かれる心配はない。かりにこのすべてが誰かに見られていたところで、特別訝しがられるようなことではない。街中で電話をする人間なんて、現代にはどこにでもいる。違う場所にいながら直接声を交わすということに、彼らは慣れ切っている。

 

「場所は分かるな」と忍者は言う。人工衛星――はるか上空に設置され、地球の周りを高速で公転する遠心力によって高度を保つ、ミニチュア版の月のような人工物だ――が電波によって彼のスマートフォンを捕捉し、その地図上の位置を話し相手に伝えているのだ。人類が宇宙空間に築いた、はじめての大規模なシステム。それはもはや、彼のような民間の忍者にも使用可能なものになっている。

 

スマートフォンから「捕捉した」と低い声。人工衛星からの情報と、電話と同じく基地局を通じて伝達される道路交通の情報が一致したのだ。十数キロメートルの距離から瞬時に届けられたそのことばを聞くと、忍者は画面に触れ、距離のある会話を終わらせる。空間の抜け穴は消え、あたりには再び等身大の距離が満ちる。

 

そして忍者は先回りするため、地下深くへと潜ってゆく。

 

主要機能はまだ地上にあるものの、東京は地面の下も先進的だ。増えすぎた人口と狭すぎる道のせいでしょっちゅう行列を作って進まない地上交通の代わりに、庶民は地面の下を通って移動する。

 

地下鉄。

 

それは平行に設置された二本の金属棒の上を走る、人間を最大効率で詰め込むことのできる二百メートルの乗り物だ。金属棒によって規定された経路上には駅と呼ばれる設備があり、乗り物はそこで一時的に止まる。そして乗客は、その場所で乗ったり下りたりする。

 

駅はまた、複数の経路をつなぎ合わせる役目も担っており、そこで別の地下鉄へと乗り換えることで、東京じゅうに散らばるあらゆる駅に行くことができる。驚くべきことに、経路どうしは交差することもある。高速で走る乗り物どうしがぶつからないように、経路にはあらかじめ高低差が付けられている。

 

駅へとつながる階段を忍者は降りる。一日の八割ほどの時間をひっきりなしに走り続けている地下鉄にとって、この深夜こそが唯一の休みの刻だ。けれど時折、乗客を乗せない車体が走る。そして今日、そういう車体があることを忍者は知っている。

 

誰もいない駅へと忍び込むと、忍者は料金徴収用のゲートを乗り越えた。轟音を上げて迫りくる、客のいない車体。地下の空洞を車体に押されて行き場のなくなった空気が、出口を求めて吹き付ける。そして。

 

その側面をめがけて、忍者は跳んだ。