渡航

 学会といえばわざわざ世界中からひとを集めるのが当たり前な、奇妙で非効率で前時代的な世の中が、まるで時間というゴムボールが壁に当たって跳ね返ってきたかのように、躍動感たっぷりにやってきた。戸惑っているうちに時間軸は修正され、あたかも最初から世界は逆行していましたよみたいな顔をして、わたしを海の向こうへと召喚する。

 

 ひとによってはこれを懐かしいと表現するが、わたしはそんな歳ではない。ひとによってはまた、時間は跳ね返ったのではなく一時的にポテンシャルの海の底を進んでいたのであって、最近ようやく大気の様子が落ち着いたから再び水面から顔を出せるようになったのだ、と解釈しているが、異説もはなはだしいところだ。時間の一方向性は覆った。数年の等加速度運動を経て、はっきりと逆を向いた。逆を向いていなければ、行きたいと思わなくなって久しい国の土地をわたしが再び踏むはずがない。

 

 というわけでまた海外である。ご想像の通り、今回はアメリカだ。物価は高いわサービスは悪いわ未だにあの忌々しい未開の単位系を使っているわ、飯はクソ不味いかゴジラ用としか思えないカロリーを含んでいるかのどちらかで、歴史は三年分くらいしかないからどの都市も同じ見た目をしていて、おまけに全人口が個人用の大陸間弾道ミサイル武装しているから、あのクソ高いヴィーガン用の飯の味を一言でもけなそうものなら、核弾道の集中砲火を浴びて華氏一億度のプラズマにされ、遺物の素粒子はバラバラにアンドロメダ銀河まで吹き飛ばされてしまうことで有名な、あの覇権国家である。

 

 気乗りはしないが行くしかない。時間の一方向性は壊れたが、一度巻き戻り始めた時間の流れをふたたび元に戻すのは簡単ではない。発表の義務などどうにでもなるが、物理法則のほうはどうにもならない。それにわたしはもう飛行機に乗ってしまったから、こちらの意味での一方向性を破壊するには、この貧弱な装備でハイジャックを敢行するより他にないし、仮にそれが成功したところで出発地までたどり着けるだけの燃料がないから、結局広大な太平洋に不時着して空飛ぶサメの餌になるのが関の山である。

 

 というわけでわたしは、このまま大人しく空港に降り、入国審査の書類の五億個の項目を埋めて八億時間ほど列に並び、飛び交う弾丸をアクション映画のように避けながらホテルへとたどり着き、祖国から持ってきた一食分にも満たないカップラーメンたった四個だけで、一週間を生き延びねばならぬのである。