歯痛 ①

 歯が痛む。詰め物が外れたときのように、キリキリと痛む。冷凍庫から取り出したばかりのシャーベットがうっかり口腔の端のほうに入り込み、銀歯に触れてしまったときの痛みを何倍にも増幅したような感覚が、何分も続く。口の右奥の痛みに悶絶して転げまわり、氷嚢で冷やすが治まらず、そうしてしばらく苦しんでいるうちにふと、何事もなかったかのように痛みは引いていく。

 

 小学校のときに覚えた金属の序列をわたしは思い出す。熱伝導率と電気伝導率、銀、銅、金、、銀、金、銅。どう転んでも最強のその金属はちょっと値段が張るせいで、銅でもいい――おっと、失礼、どうでもいい――場面では使われない。使われるのは少量でかまわない場面――金属の値段は重量に比例する――であり、そのもっとも身近な例が、歯の詰めものである。

 

 どうしてそんなものを歯の詰めものとして使おうと思ってしまったのかとわたしはひとり毒づき、けれどもこの痛みはべつに熱伝導によって発生したものではないという事実に思い至る。電気伝導率のほうはもっと関係ない。もっともすべての痛みは神経を流れる電気信号であり、したがって電気伝導率は痛みに影響を与える要因にもなりうるわけだが、大事なのは神経内部の伝導率であり、銀歯のそれではない。

 

 わたしは生物学も電磁気学も素人だから、ちょうど死んだカエルの坐骨神経に電流を流すとぴくりと動くという教科書の実験と同じことが起こっている可能性をはっきりとは否定できない。けれどたとえそうだとして、神経がなにかを受け取るには、銀歯が神経に触れていてかつ、そこに電流が流される必要がある。条件はふたつあるのだ。わたしがおよそあらゆる自然科学の学習から逃げ続けてきたこと、世の中はときにわたしの思いもよらないかたちをしていること、そしてわたしが災厄の才能に恵まれており、珍しいアクシデントを幾度となく起こしてきたことなどありとあらゆる特殊性を鑑みてそれでも、それらふたつの条件のうちみたされるのはせいぜい、片方しかありえないわたしは思う。

 

 銀の伝導率が原因でなければ、べつの原因を探さねばなるまい。そしてそれはおおかたの場合、金属の物理的性質よりも都合の悪いものである。原因としていちばんありえそうなのはもちろん虫歯だが、虫歯の痛みというのはたしかこんな感じのものではなく、耐えられはするけれどなにをするのにも気になって仕方がないという感じの、慢性的な弱い痛みだったはずだ。そしてもうひとつ強固な反証を与えるなら、わたしは最近、ちゃんと毎日歯を磨いている。