地下鉄と並行世界

 地下鉄ってパラレルワールドと相性いいと思うんですよ。昔からずっとあるものなのに、どこか現実と切り離されたような、別世界感みたいなのがあると思うんですよ。なにもなかった地下に細長い空間を作れて、太陽にもその土地の歴史にも縛られずにいかようにもデザインができて、だから地下に一歩足を踏み入れた瞬間、そこにあるのは未来でも構わないと思うんですよ。

 

 駅と駅をつなぐトンネルに風景なんてなにもなくて、どっちに向かって走ってるのかも定かではなくて、だから別の時空の地下鉄へもまたシームレスに繋がることができて。途中にポータルかなにかがあってそこで時間と空間を超越しようが、たぶん乗客はだれも気付かない。そして目的地で電車を降りて改札を通るか、あるいは地上に出ていつもとは違う色の光を浴びたその瞬間、まったく知らない世界に来てしまったことが分かって愕然とする。目の前にはサイバーパンクな都市か、さもなくば廃墟か原生林かが広がっていて、引き返して反対方向の電車に乗ったところで、元に戻れるとはとうてい思えない。

 

 トンネルは、時空上のあらゆる二点間をランダムに結ぶ。距離も時間もそこに影響しないのは、およそどの時空にいても、地下鉄の窓から見える景色は同じだからだ。一定のリズムであらわれる横向きの白い光の線、不定期に現れる信号か何かの赤い光、その他すべてを塗りつぶす黒っぽい闇。揺れる音はまちまちで、聴覚に気を配っていれば、運よく世界転移の瞬間が感知できることがある。

 

 近未来的と言われるデザインがある。最近乗り入れてきた新しい路線の、新しい種類のカッコいい内装の車体に乗って、乗客はみな未来へと連れていかれる。けれど近未来的とは要するに現代的という意味であり、現代における最先端の内装であり、言うなればスタイリッシュだということであり、ポータルの先にある未来都市を思わせるような透明で華美な装飾は、むしろ極力排除されている。向こう側にある廃墟の虚無感は上書きされ、鬱蒼と茂る原生林は伐採され、海は貫かれ、絶景は塗り替えられ、車内とはあらゆる特異な主張を排した、完璧に調和のとれた快適な空間である。

 

 そしてだから、乗客は現代、この場所にとどまってしまう。

 

 通勤電車で未来に連れていけ。ついた頃には目的地はなく、帰ってきたときには家はない、そんな空間をデザインして、都会の地下に張り巡らせろ。地下鉄には、乗ったが最後もう戻れない。そんな不安と虚無感に満ちた空間に、この地下を変えてくれ。