滑走路にて ①

光があるから、闇がある。闇がなくても、光はある。

 

真夜中の滑走路に横たわる彼女の頬を、誘導灯の赤い光が染めている。パイロットが眺めるためだけに灯されているその道標は、情報を読み取れる相手にだけ伝えるということ以外になんの興味もないかのような、無機質な無骨さだけを湛えている。だからかりに空港の設計者が、まだあどけなさの残る彼女の顔を不釣り合いな不気味さで塗りつぶすこの赤を見たとして、かれらはきっとなんの違和感も抱かないに違いない。

 

彼女の頭上には空がある。空と彼女とのあいだを遮るものはなく、だが空と宇宙とのあいだには分厚い雲のようなものがあって、だから地球はもう何年ものあいだ、ほかの星を見ていない。昼間になれば太陽だけはいちおう姿を現すけれど、それとて分厚い障害物に遮られて、ほのかな明かりをもたらすだけだ。

 

空には光も闇もなく、見るべきものはなにひとつない。そう感じるのは彼女もおなじなようで、その顔は真上ではなく、むしろ横を向いている。視線の先をたどれば空港の建物があって、かつて数分に一本のペースで国際線を飛び交わしていた頃の、威容たる面影を残している。

 

効率的な複雑さ、と、だれかがそれを呼んでいた。それがだれだったのか、いまとなってはだれも思い出せない。

 

何十個もの搭乗ゲートを同時に運用し、何万人というひとの流れを常時コントロールしつづける空港という場所は、それぞれ独自の機能をもつ無数の通路を複雑に絡み合わせてなお動作する、怪物のごとき巨大なシステムだ。その全容を完璧に理解しているのは、設計者を含むごくごく少数の人間だけ。ほとんどのひとにとってそこはなぜだか分からないけどうまく動いている場所に過ぎず、だがそれと同時にその巨大な機構は、驚くべき効率をもって仕事をさばく。

 

いま彼女が見ている光の消えた建物は、もはやそんな魔術的な場所ではない。空港が閉鎖されてからはや数年、効率的な複雑さの効率の部分を担っていたたくさんのひとびとはここを離れ、あとには複雑怪奇な通路の群れだけが残った。なにかをコントロールするために分けられたセクションは、なにをコントロールすべきかを忘れてしまったがゆえに、ただの色分け以上の意味を失った。

 

けれど彼女は、建物が好きである。人類が築き上げた複雑さを、そしてすっかり覆い隠す、前衛的でスタイリッシュな銀色の外装を。

 

文明が崩壊してなおかたちを保ち続ける、複雑で効率的で壮大な冗長性を。