背徳の少女 ⑪

三日続いた雨が止み、くっきりとした秋の日差しが広場の芝生を淡く照らしていた。広場にはチェルーダの軍が並んでいて、地面の緑が四色の制服にさらなる色彩を加えていた。

 

広場の前方には、チェルーダでいちばん高い塔がそびえていた。その塔のライトは昼でも激しく灯り続けることで有名だったが、こと今日に関しては、空の暴力的な明るさに負けておとなしくしぼんでいた。

 

そしてその手前、軍と塔のあいだには、百年前から続く巨大なステージが構えられていた。最初の《少女》のためにつくられた、真っ白なステージ。それはいまでも変わらず、ひとびとが《少女》への信仰をあらたにする場所であり続けている。

 

上空から三人の少女があらわれると、くつろいでいた軍が姿勢を正した。軍は制服の色で四つに分かれていて、ステージ向かって一番右の集団は、その燃えるような赤さで日の光と張り合っていた。その次の軍は深い青の制服を身にまとい、この日差しの中にあってなお、そこには一陣の涼けさが流れていた。

 

三番目、最多にして最強の軍は、漆黒の制服を華麗に着こなしていた。その立ち振る舞いは、暑さにもまったく動じず、受け入れてみずからを貫き通すだけの強さがあった。

 

最後の白銀の軍は、数も少なく、方向性もばらばらだった。だが唯一共通しているのは、その制服が、秋の日光をもっともよく反射して煌めいていることだった。

 

「みなさん、お集まりいただきありがとうございます」 ステージ上の漆黒の少女が言うと、広場は静まり返った。いつもどおりの挨拶、だがその芯の通った口調は、今日が特別な日だと力強く示していた。

 

「本日お集まりいただいたのは、みなさんに大切な報告があるからです」 青い服の少女が言い、涼やかな風が流れた。

 

「三か月前、《少女無き軍》のみなさんを、このチェルーダの街は受け入れることになりました」 精一杯の落ち着きで、真っ赤な少女が口を開いた。「信仰の相手を失い、みなさんはつらい時を過ごされたことでしょう」 その目の中で、日の光にも負けない炎がめらめらと揺らめいた。

 

「ですが、それももう終わりです。変わってしまった姿ではありますが、それでも、みなさんの《少女》が帰ってきます」 漆黒の、自信に満ちた口調。「さあ、お帰りなさい、ヴァーラさん!」

 

黒の少女の声とともに、ステージに蜃気楼が揺らめいた。そして、さきほどまではなにもなかったその場所に、ひとりの少女の身体がゆっくりと浮かび上がってきた。失われた少女、白銀の少女、《少女無き軍》を指揮した少女。広場は拍手に包まれ、地鳴りのような歓声が上がった。

 

「みなさん」 少女は話し始めた。「お久しぶりです、みなさん」 軍の一人が、少女の真新しい両手がメモらしきものを握っていることに気づき、怪訝な声を上げた。

 

「三か月前、わたしはわたしの軍とともに、街を目指しました。そのとき街では、色々と大変なことがおこりました。ですが最終的に、オムニカをはじめとしたみなさんのおかげで、わたしの軍は街に受け入れられることになりました。

 

……というのは、わたしがオムニカから聞いた話です。残念ながら、いまのわたしは、当時のことを覚えていません。どうやら、プログラムの致命的なバグのせいで、わたしは記憶を失ってしまったらしいのです。

 

オムニカによれば、わたしは、いつ完全に停止してもおかしくない状態だったそうです。実際、わたしが完全に狂って、手の付けられない破壊活動を始める前に、わたしを止めてしまう計画もあったと言います。ですが、オムニカ、ナーダ、モーナの懸命な努力によって、わたしはどうにか回復させてもらえました。

 

ですが、ここ五年ほどの記憶は消えてしまいました。さらに悪いことに、わたしはもう、新しく何かを覚えることができません。わたしに当てられたパッチは複雑怪奇で、新たな長期記憶は、わたしをふたたび壊してしまうことになるからです。

 

ですから、みなさん。わたしは、あなたたちとの戦いを知りません。どうしてわたしが街の外のみなさんを率いることになったのか、オムニカたちはわたしの記憶には埋め込んでくれなかったからです。先ほどまた聞いてみましたが、やはり教えることはできないとのことです。

 

こうして見渡すと、わたしの色の軍の中には見知った顔がいくらかあります。ですが、どうしてあなたたちが街から出ることになったのか、わたしには見当もつきません。きっと、それ相応の理由があったのでしょう。もしそれが、わたしの指揮官としての失敗なのだとしたら、わたしはみなさんにお詫びする必要があるでしょう。

 

ですが、わからないことを言っても仕方がありません。話を変えましょう。わたしには三か月前のことこそわかりませんが、五年前を知っていますから、当時といまを比べることができます。ですから、今日はすこし、昔話でもすることにしましょう。ここにいる少女たちの、ありし日の話を。

 

ナーダ、あなたの軍は変わらず、熱気にあふれていますね。士気の高さは戦場において、ひじょうに重要な要素です。ですが、五年前のあなたは、その熱に浮かされ、無謀な作戦を繰り返そうとしていましたね。

 

モーナ、あなたは変わらず、冷静で論理的です。ですが昔のあなたは、その論理を信じすぎるあまり、現実にそぐわない行動をとってしまう傾向にありました。

 

ですがこの五年のうちに、あなたたちはものすごく成長したように思います。ナーダは思慮深く、モーナは現実的になりました。五年前、わたしは何から何まで自分でやらなければならないと思っていました。ですがいまの二人になら、わたしは安心して街をまかせられそうです。

 

そして、オムニカ。五年前にあなたはいませんでしたから、わたしはあなたの変化を語ることはできません。ですがあなたは、いまの、すなわち五年前のわたしよりはるかに優秀なようです。彼女の漆黒の軍が、それを物語っています。わたしの知らぬ間に、こんなにも素晴らしい少女を生み出したあなたがたに、わたしは感嘆するばかりです。

 

さて、わたしの記憶は長く持ちませんから、いま話した内容も、わたしは明日には忘れてしまうでしょう。じっさいこの原稿も、ここ二週間ほどのあいだにわたしが残したらしきメモのつなぎ合わせです。どうでしょう? わたしは少女たちについて、あなたがたについて、的確に語れているでしょうか?

 

街の防衛上、いまのわたしは不要です。敵の情報が五年前で止まっているうえ、作戦を一日で忘れてしまうような少女のもとで、戦いなどできるわけがありませんから。だから、わたしの姉たちとおなじように、わたしも次第に忘れられてゆくべきなのでしょう。

 

ですから、わたしの軍の皆さん、あなたたちは信じたい少女を選んで、その子についていってください。そうして、それぞれのやり方で、街のために戦ってください。みなそれぞれに、よい指揮官ですよ。

 

ですがそれでももし、あなたたちがわたしへの信仰を失わずにいてくれるのなら。いまのわたしを、そのままに愛してくれるのなら。

 

わたしは、あなたたちとともにあると約束します。わたしの身体の許す限り、変わらずに街を愛すると誓います。

 

なぜなら、わたしはこれ以上。

これ以上、変化することはないのですから」