理解を理解しない ①

サハラ砂漠をそのままコピペしてきたような暴力的な朝の光が、半ば寝ぼけたぼくの網膜を突き破って、見続けようとしていた夢の残滓を跡形もなく焼き払う。零れ落ちることすら許さずに唐突にぼくの世界は消え、だが遮光カーテンを勢いよく開けたその張本人はぼくの喪失になど一切構わず、ぐちゃぐちゃのタオルケットを引きはがして、太陽系の彼方へと投げ飛ばしてしまう。引き裂かれた空想の隙間を現実が埋めて、ぼくは今朝の予定を思い出して目を開ける。かき寄せた時計は、ぼくの脳が確かなら早すぎる時間を示していて、その後ろには件の同居人の屈強な両肢が控えている。明るさに慣れない両目と逆光のせいでよく見えないけれど、奴が通じない冗談を押し通すときの傲慢な笑みを浮かべていることをぼくは知っていて、だから改めて決意する――いずれ完璧な機会があれば奴を殺すか、そうでなければ不眠症にしてやる、と。

 

普段ならぼくは少し粘ってから立ち上がり、刺し殺す代わりに、奴の筋肉で完全防護された腹を二、三発殴ってやるところだけれど、今日のぼくは違った。大きすぎる瞳孔を時計の針に向けたとたん、どうにも形容しがたい知識の塊が、何の前触れもなく、完璧な整合性をもって頭を埋め尽くしたのだ。それはまるで夢の全容を思い出したかのような衝撃で、でも夢とは違って、どこをどう見渡してもゆるぎない現実感で埋め尽くされていた。ぼくは意地悪く、その知識の細かい造形を描こうとした――夢の中でなにか悪いことをたくらもうとする前に本当に夢かどうかを確認するのと同じ要領で。だが知識はぼくにしっかりとついてきて、いくら解像度を上げようが、ぼくの視界をぼやけさせて追求を逃れようとすることも、むりやりに場面を切り替えて、もとの世界をすっかり忘れさせてしまおうとすることもなかった。

 

「起きろ」同居人の声がしたが、知識はそのままだった。

 

起き上がって食卓に向かっても、知識はまだぼくのものだった。

 

無言でコーンフレークを流し込み、牛乳を冷蔵庫に片付けてなお知識は失われず、ようやくぼくはそれが夢でないことを確信した。詳細にこだわって全体像を見失うことがないのだとわかると、ぼくは黙ってその知識の正体を探り始めた。寝ている間に蓄えたらしい同僚の噂話を続けてくれる同居人にはすこし申し訳ないけれど、ぼくの目覚めが悪いのは日常茶飯事だから、きっとぼーっとしているだけだと思ってくれるだろう。

 

同居人が食器を洗い、片付ける音がした。

 

ほどなくしてぼくは、知識の全容を知った。それはこの世界そのものの記述で、ブラックホールの運動から女心の機微に至るまで、森羅万象の知見が詰まっていた。試しにぼくは、むかし長いこと考えて分からなかった大学のレポート課題について尋ねてみた――するとその瞬間、ぼくは問題の答えを知り、だれがその問題を作ったかを知り、そしてなぜその答えが正しいのかを知っていた。ぼくはもう一段階すすめて、二十年後の世界がどうなっていて、ぼくがどうやって生きているのかを問うてみた。すると目の前の銀河系には、未来を導くための公式が描き出された。もっともぼくの計算能力はそのままだったから、理解できたのはその公式の使い方と成り立つ理由だけで、実際の未来を見ることはできなかった。だからぼくは、ぼくが全知ではあるが全能ではないことを知り――そしてそのこともまた、もともと知識の中にあった。