朦朧

いいか小僧、俺を見ろ。まっすぐに見ろ。大人を舐めるんじゃねぇ。てめぇが知らねぇことを、聞いたこともねぇようなことをだぞ、俺はたくさん知ってんだ。すべての大人が知ってる。だから小僧、調子に乗るんじゃねぇ、舐めるんじゃねぇ。いいな。子供には分からねぇ世界ってのもあるんだ。黙って大人の言うことを聞くんだな。

 

そうだろ、え? は? なんだって、もういっぺん言ってみろ。

 

おい、聞いたか。こいつ俺が酔っ払いだってよ。そんなわけ……おう、そうだとも。酔っ払いで何が悪いんだ。酔っ払いに見える世界をまだぼくは知りませんね、おう、その通りだとも。皮肉のつもりなんだろうがな、馬鹿にしてもらっちゃ困るぜ。酔っ払いってのはべつに皮肉を真に受けるわけじゃねぇんだよ。まあ、てめぇにはわからないだろうがな。お前の言う通り、酔っ払いが見ている世界を知らねぇんだからよ。

 

ちっ、腹が立ってきた。そうだ俺は酔っぱらってる、それがどうした! 小僧、おい、なぜ俺が酒を飲んだか知ってるのか? え? 嫌なこと? そんなんねぇよ。やっぱりこいつはバカだ。世間知らずだ。おうちにかえっておかあさんに教えてもらうといい。おかあさんは飲むか? きっと飲まねぇだろうな。

 

ああ、図星か。そうだろうともよ。

 

小僧、あのな。てめぇは分からねぇだろうが、人間にはバカになったほうがいいときがあるんだ。頭の回転をわざと鈍らせて、身体のやりたいようにさせる。そのための酒なんだよ。ああ、こいつバカなのかって顔してるな。隠しても無駄だぞ、俺はそういうのが本能で分かるんだ。頭をトロトロにさせて初めて出てくる本能でだよ。で、あ、何の話だった? 

 

ああそう、夢の話だ。思い出したぞ。これならてめぇにもわかるだろ。夢は見るだろ?

 

……は、はは、ははは! そっちの夢の話だ? ちぇっ、どこまでお育ちがよくていらっしゃる。ちげぇよ、寝るときに見るほうだよ。夢の中でてめぇは、どう感じる? バカになってるだろ? いいや、起きてからそう気づくんだ。そうだろ?

 

で’、俺は夢が大好きだ。俺がバカな代わりに、わけのわからん世界が見える。てめぇが分かるかは知らんが、夢の内容をシラフで想像しようったってとうてい無理だ。俺が言うんだから間違いねぇ。起きて、全部忘れちまって、勿体なくて悔しくなる。ならんか?

 

おう。ようやく意見が一致したみたいだな。酒ってのはそれなんだ。煙草も睡眠薬マリファナも全部そうだ。俺はバカになりてぇんだ。

 

は? バカの世界をぼくも見てみたいです、だって? うるせぇ、酒はやらんぞ! 小僧は小僧らしく利口ぶってろ!