カンニバル食堂 22

「来たみたいだ」 床に耳を当てながら、ステファンは言った。その耳には、救世主かもしれないものの到来を告げる、福音のようなノック音が響いていた。

 

「おう」 ボブは言った。「ノックを返したら、離れろ」

 

言う通りにすると、福音が確かな形を取った。大仰な機械音。歯車と歯車がこすれる音。長らく使われていなかった巨大な機構が、眠りから覚めるときの咆哮。

 

それはもはや、ふたりが骨伝導をつうじて聴いていた、かすかな希望の予感ではなかった。

 

部屋が。この部屋が、開かれようとしている。

 

外の世界か。あるいはそうでないとしても、また別の部屋へと向けて。

 

さきほどのアンナ――おそらく、子供――の説明はこうだった。彼女の部屋の個体は、彼女いわく、「めがねのおにいちゃんが、まるとかさんかくとかをみせてくるから、うしさんとかおうまさんとかをえらぶ」実験の対象になっている。そして彼女は、ほかの個体と違ってことばがわかるのにもかかわらず、なぜだかその実験に参加させられている。

 

そして、実験はどうやら、実験室にうつされて行われるようだ。そのために、食事何回かごとに一度、数体の個体が、床の穴を通って「へんなおにいちゃんのいるへや」へと運ばれるらしい。そして、実験が終わるとまた、床下のベルトコンベアで部屋へと戻されるらしい。

 

実験の中身についての意見はステファンとボブで食い違ったが(ステファンは心理学実験だと判断し、ボブは古代人との意思疎通の試みだと判断した)、より重要な点について、ふたりの意見は一致した。すなわち、自分たちの部屋からも、外に出られる可能性があるかということだ。

 

壁越しに、ふたりは幾多の質問を投げかけた。ふたりの大人の男が少女の拙いことばに頼り切っているその絵面は滑稽だったが、ふたりは構わなかった。なにせ、ふたりの脱出がかかっているのだ。

 

大人気のない質問攻めの末、知ったのは以下のふたつだ。ひとつ、「へんなおにいちゃんが、ゆかのしたのボタンをおしたら、とびらがあいた」こと。そして、「にたようなボタンがゆかのしたにはたくさんある」こと。

 

だからふたりは、次の実験の時に、アンナにふたりの部屋へと向かってもらう約束を取り付けたのだ。

 

「見ろ」 ボブが床を指差し、ステファンを回想から引き剥した。ステファンが見ると、床のあの部分、さきほどまで耳を当てていた部分の塗装がはがれはじめていた。まるで卵の殻が破れるかのように。そして、その中から生まれてくるものは、ふたり、いや三人にとって、確かな希望という新しい命なのだ。

 

数秒の間。

 

扉が上向きに開いた。

 

そしてふたりの見守るなか、アンナの華奢な体躯が。

比喩通り生まれたままの姿で、床から浮かび上がってきた。