カンニバル食堂 ⑰

薄暮の部屋に、ひとりの少女が佇んでいた。

 

否、生物学的に言えば、そこにいるのはひとりではなかった。その部屋には、きっかり百一個体の、九歳のホモ・サピエンスの雌たちがおさめられていた。

 

だがその中で少女と呼べる個体は、人格を持ったひとりの人間と呼んでも差し支えない個体は、その少女、アンナ・リー以外には見当たらなかった。

 

その部屋の個体は、みな生まれたままの姿だった――アンナにとっては比喩的な意味で、そしてアンナ以外にとっては文字通りの意味で。

 

そして、九歳のホモ・サピエンスの集団にはあるまじきことだが、誰も裸を恥じなかった。アンナにとって、それを恥じなければならぬ相手はいない。そしてそれ以外の個体は、そもそも恥など感じたことはない。

 

「はじめるよ」 アンナは配膳口へと向かった。ずいぶん前から、彼女はまわりの個体に話しかけるのをやめていた。ことばなど、そもそも誰にも通じないのだ。ここでのことばとは、日課を始める前、彼女が自分自身に語り掛けるための、じぶんだけの秘密の暗号文にすぎなかった。

 

寝ている個体を起こさないようにアンナは歩き、壁の穴にたどり着いた。そして、右足をその穴に差し込んだ。それはこの部屋からものを運び出すためのベルトコンベアに触れ、彼女の華奢な身体は危うく、穴の中に巻き込まれそうになった。

 

すんでのところで足を引っ込めると、アンナは今度は、ベルトコンベアに触れないように慎重に足を差し込んでいった。爪先が金属のでっぱりに触れ、彼女の足の親指を冷やした。それからもう少し足を伸ばすと、アンナはかかとをおろした。

 

アンナの柔らかいかかとが、無機質に動くゴムの地面に擦れた。

 

「できた」 アンナは呟いた。

 

成功の喜びに浸る間もなく、アンナは次の仕事へと取り掛かった。まず彼女が向かった先は、壁の換気口の真下だった。彼女はそこに座り込むと、腸の部分に力を込めた。彼女の肛門が開き、彼女が不要になったものをその場に産み落とした。そのありのままのにおいに堪えながら彼女は、掃除用のロボットが近づいてくるのを我慢強く待った。

 

ロボットが来ると、アンナはそれにのぼった。彼女の身長でも、ここからならぎりぎり、換気口に手が届く。アンナは手を伸ばすと、あらかじめ隠しておいたプラスチックの欠片を手に取った。

 

「おねがい」 彼女は欠片を手に、再び配膳口へと向かった。それを足の指に挟むと、彼女は先ほどとおなじように、穴の奥へと慎重に足を伸ばした。

 

爪先が金属に触れるのを感じた。「もうすこし」 彼女の足は疲れていたが、それでも彼女は、あとすこしだけ足を伸ばした。

 

そして、彼女は足の指を開き、欠片をそこに落とした。

 

「わたしは、ここよ」

 

彼女の、希望のため。

 

欠片に爪で書いたことばと、まったく同じことばをつぶやきながら。