カンニバル食堂 ⑨

実感はなかなかやってこなかった。

 

最初のうち、ステファンは意外なほどに冷静だった。リチャードという皮をかぶる努力の成果か、ステファンは自分自身の感情を、まるで双眼鏡を逆からのぞいたときのように遠く感じていた。冷静さの原因はあるいは、工場の中のライフサイクルという馬鹿げた妄想をまじめに検討した、あのタクシーの中での時間にあるのかもしれなかった。

 

ステファンは念のため質問した。「これが……全部?」 聞いてはみたが、事実は揺るがなかった。質問を待つその間にも、左右の部屋から響く無数の雑音が、キャサリンのことばにさらなる裏付けを与え続けていた。

 

「はい」 当然。キャサリンは答えた。

 

「全部でどれくらいになるんだ?」 純粋な興味、だがどれくらいならよいのだろう。十人ではない。だが百人だとしたら、あるいは十万人だとしたら、いったいなんなのだろう?

 

きわめて丁寧に、キャサリンは答えた。「一部屋当たり、百人を定員としております。部屋は二百十ありますから、しめて二万人ほどになります」 そのはっきりとした声からは、工場をここまで育て上げた一員としての誇りがにじみだしていた。

 

二万。二万とは、どれくらいの数なのだろう。ステファンは中部の田舎町を想像し、そしてその町が、このサイズに圧縮されるさまを想像した。おそらくすごい数なのだろう、だがやはり実感はわかない。

 

ふたりは廊下のつきあたりを右に曲がった。ドアのない廊下は、おそらくそのまま、部屋の奥行きを示しているのだろう。しばらく進むと、再び右に伸びる廊下があった。その両側には、やはり無数のドアが備え付けられていた。

 

「先ほどのエリアの部屋は、最高齢の個体のものです。このまままっすぐ進みますと、だんだんと若い個体のエリアになっていきます」 ガイドとしての、完全なる親切心。「入口に近い方から、部屋を埋めていったのです」

 

ステファンは部屋の中身について、想像をめぐらせてみた。あの奇声から言って、育てられている人間――キャサリンによると、最高齢らしき個体――は、おそらく十代半ばだろう。

 

となると、この場所は少なくとも十数年にわたって協会の目をすり抜け続けてきたことになる。どうやって? 分からない、だがそれこそ、もっともありえそうな結論だった。

 

ステファンは一瞬、そうでない可能性を考えた。それは組織人としての、ステファンなりの防衛反応だった。彼が人生をかけて育て上げてきた全米人肉協会はその職務をまっとうしている、そう彼は信じたかったのだ。

 

だがその場合に導き出される結論は、協会の管理不足よりもはるかに恐ろしいものだった。この社会の、絶対に覗き込まれることのない漆黒の闇。もしここの人間がここで育てられたのではなかったとしたら、その人間はいったい、どこからどうやって連れてこられたのだろう?

 

そして、それこそが答えだと気づくのに、長くはかからなかった。

 

だんだんと若い個体になってゆく。キャサリンは言っていた。だんだんと。

 

だが十代半ばの次の世代は、どう見積もっても幼児なはずだ。

 

すなわち、ここを創造し、発展させる過程は。

この場所の、アダムとイブだけではなしえない。