「誰かいるのか?」 壁に向かって、ステファンは叫んだ。
「違うぞ、ステファン。『たれかある』だ」 ボブは言った。ステファンはボブを無視して言い続けた。「誰かいるのか?」 返事はなかった。
ボブを信じたのはだいたい正解で、そしてすこしは間違いだった。この破片を発見できたのは、間違いなくボブのおかげだ。口惜しいが、それは認めなければならない。
だがその解釈は、絶対に間違っている。書いた奴が筆記具を用いなかったというだけで、どうしてこいつの発想は、古代人との交信なんかに飛んで行くのだろうか?
「誰かいるのか! いるなら返事してくれ!」 ステファンはみたび叫んだ。
「たれかある!」 ボブの声がそれに続いた。やはり、返事はなかった。まあ、おそらくそんなものだろう。
「じゃあこうしよう」 ステファンは言うと、壁を叩いた。こちらの方が伝わりやすいかもしれないし、もしかすると、壁を破れるかもしれない。右手に衝撃が走り、ステファンは思わずよろめいた。
「あんたが策を考える気になったのは誉めてやろう」 ボブは言った。
「余計なお世話だ」 壁を叩きながら、ステファンは返した。ステファンの右手は、すでに赤く腫れかけていた。
「だがなステファン、真実を解き明かすってのは、もっと豪快なもんだぜ」 そう言うと、ボブはいったん壁から離れた。そして振り返ると突進し、飛び蹴りを食らわせた。「たとえば、こんなふうに」
普段のお前は、豪快ではなくただの非常識だろう。ステファンは思ったが、言わずにおいた。じっさい、この場面では、ボブの行動のほうがただしいのだ。
だが壁はびくともせず、そして返事はなかった。
ボブは再び飛び蹴りを食らわせた。大人の男のぶつかる衝撃。だがその音は、万年の薄明かりに飲み込まれて響かなかった。ステファンも続いたが、結果は同じだった。
黙々と、ふたりは壁を蹴った。反応はなく、二人の足だけが確実に痛んでいった。
「こっちじゃないのかもしれない」 ステファンは反対側の壁に向かおうとした。「そもそも、隣じゃないのかも」
「あんたの諦めの早さには感心するぜ!」 叫びながら、ボブは飛び蹴りを繰り返した。鈍くて中途半端な音、とても壁の向こうには響かないような。「せっかく手がかりが得られたってのに、あんたはもうそれを無駄にする気か!」
「俺は別の策を考えると言っているんだ」 ステファンは返した。策を考えろ、こいつはさっきそう言わなかったか? 「それなら文句ないだろ?」
「いや、文句あるね!」 ボブは身体を引き、力を溜めた。「あんたには忍耐強さが足りねぇんだよ! 泥臭い調査と柔軟な発想、これこそが真実ってもんだぜ!」 再び、蹴り。
「お前のは柔軟すぎるんだよ!」 ステファンは叫び、反対側の壁を蹴った。「何が古代人だ! もうちょっと、常識的に考えるということを学んだらどうだ!」 ドアを蹴った、ふさがった地面の穴の上で飛び跳ねた。似たような音。向こうに届くようには思えない音。その間、部屋のもう片側でもずっと、おなじ音が鳴り続けていた。
ステファンは思いつく場所を一通り蹴ってみたが、収穫はなかった。「この方針はダメそうだ」
「は?」 ボブは叫んだ。「一度ずつ蹴っただけで、か?」
「失敗をいくら繰り返しても一緒だろ」 ステファンは言い返した。「俺たちは、もっと賢くいくべきだ」
「あんたは本当に真実に興味ねぇんだな!」 ボブの叫びを聞き流しながら、ステファンは配膳口に向かった。
そして、ステファンは気づいた。さきほどと似た破片。それが、もうひとつ流れてきている。
裏返すと、そこには引っかき痕で文字が書かれていた。「おい、ボブ! 破片だ!」
「なんだって?」 壁を蹴る音。「もう一度言ってくれ!」
「次のメッセージだよ、ボブ! 読み上げるぞ!」 ステファンは言った。
「いや、今行く! でかしたぞ、ステファン!」 壁の跳ね返しの勢いそのままに、ボブは向かってきた。ふたりはメッセージを読んだ。
メッセージは短かった。そして読み終わると、二人は顔を突き合わせ、苦笑した。「なるほど、それもそうだな」