カンニバル食堂 ②

郊外の荒れ地の殺風景にあって、コールマン食肉卸店は異質なまでの存在感を放っていた。それはまるで、この黄土色の大地に降り立ったエイリアンの拠点のようで、砂漠の日光を容赦なく反射して銀色にきらめいていた。

 

ステファンが工場に近づくと、工場の壁の落書きが目に入った。その落書きは、いつも街中で目にするような、カラフルでアクロバティックな飾り文字の絢爛とは程遠かった。代わりにそこには、人肉食を非難することばの、黒単色の不細工な殴り書きがあった。

 

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肉の産地の相違について問うと、例の女はなんのためらいもなく話してくれた。

 

「コールマンの野郎によれば最近、カリフォルニアの肉が大量に入ってきて困ってるんだとよ。スーパーになんか出したら、客に何を言われるかわかんねぇからな。うちだって一緒だって断ろうとしたんだが、実はそれがめちゃくちゃ旨いらしいんだ」

 

そういうと女は、その肉を茹でているらしき圧力鍋のほうを顎で示した。たしかに、フロリダではありえない香り。「そういうことか」ステファンは納得し、言った。産地偽装は良いことではないが、人肉食はそんな小さな嘘を気にする業界ではない。

 

「教えてくれてありがとう」鼻ピアスの無礼な若者へと、ステファンは最大限の感謝を伝えようと努力した。不慣れからかぎこちないみずからの口調をはっきりと感じた。ステファンが去ろうとすると、女は呼び止め、得意げに付け加えた。

 

「あっそうそう、値引き交渉はアタシがやったぜ。フロリダの半額だ」 

 

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コールマン食肉卸店は、人肉専門の卸売業者だ。全米の人肉工場から肉を取り寄せ、ときには加工して、この街の店に出荷している。そして、業務はそれだけだ。勘違いしている市民もいるようだが、ここには出荷される予定の胎児も、受精のための試験管もない。

 

この業界にいて、ステファンはこれまでに山のような批判を受け取ってきていた。批判の多くは自称人権活動家からで、ほとんどが同じ内容だった。すなわち、人工授精の胎児だからといって、殺していいことにはならないのではないか、ということだ。

 

この点については、人肉食業界は共通の答えを用意していた。ヒトがヒトになるのは厳密にはどの時点か、それは実際にその子が生きたまま母体から出てきたときだ。だからわれわれのように、「産まれてくる」数日前にへその緒を放射線で焼き切っているぶんには、殺人にはあたらない、と。

 

ほかには、遺伝子に細工をすることへの批判もあった。われわれは誤って胎児を「ヒトにしない」ように細心の注意を払っているが、それでもなお「産まれてきてしまう」場合もある。そんなときの責任を回避するため、われわれは遺伝子に細工をして、胎児が母体の外で長くは生きられないようにしている。そしてそれが、一定数の市民には冒涜的に映るようだった。

 

これらの批判を、ステファンは過度に情緒的だと決め込んで相手にしなかった。そんなことを言う奴らは、胎児や新生児に自由意志があると思い込んでいる。自らが食肉になること、あるいは余命を知ったところで、それを悲しむだけの情緒と知恵が、どうして胎児に存在すると彼らは信じられるのだろう?

 

その点、少数ながらステファンにも納得できる批判もあった。それは胎児に関してではなく、母体役の女性の労働環境に関するものだ。ステファンにはとうてい思えなかった――たった七ポンドの肉塊が、ひとりの成熟した人間の半年以上にわたる苦痛に値するとは。だがそれにもかかわらず、この格差社会において、母体役を受け付ける窓口はあたらしい候補生であふれかえっていた。

 

「まあ、仕方ないよな」 自分の娘にさせたい種類の仕事ではなかったが、そうも言っていられない。面と向かって批判するのは、ステファン自身のビジネスを危うくさせるだけだからだ。それよりもまずは、目の前の問題を。ステファンはじぶんの頬を叩くと、カリフォルニア肉の正体を探るため、卸売店の敷地に踏み込んだ。