無謀な戦いだとはわかっていた。
少なく見積もって、敵は三万。それに加えて、チェルーダの要塞がごとき強固な防御システム。ヴァーラが追い出されて以降、チェルーダに大きな攻撃は来ていないから、おそらくその防御システムはそっくりそのまま残っている。
対して、味方は五千。ヴァーラの民たちの名もなき街は、とても要塞と呼べるような代物ではない。ロバーキの雑兵から街を守るためのわずかな土塁こそあるが、今回の敵は、雑兵風情とは比べ物にならないくらい強力だ。
だがそれでも、もし敵がナーダとモーナの軍であれば、ヴァーラがそう戦局を悲観することはなかっただろう。民の安全を第一にするようにいちから設計されたふたりは、それゆえヴァーラの妹でも、ヴァーラの姉たちの妹でもない。だから彼女たちには、ヴァーラやその姉たちほどの経験も、戦略性も、街に関する知識もなかった。
おまけにヴァーラは、ナーダとモーナの性格をいやというほど知っていた。それゆえ、戦争におけるふたりの考えは、いつも手に取るようにわかるのだった。
だが残念ながら、今日の敵は、そんなやわな相手ではない。
ナーダとモーナの後継として設計された、漆黒の少女。
ナーダとモーナのように、民の純粋な信仰を集める少女。平時の有能な指導者となるべき少女。
だがその長髪の少女は。
それでいてどうしてか、ものすごく強かった。
チェルーダの永遠の守護者を自称する、全能の少女。
オムニカ。
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わずかな護衛を街に残すと、ヴァーラはほぼ全軍をニーグダの荒野に布陣した。それがヴァーラの考える、もっとも効果的にチェルーダに打撃を与える方法だった。
ヴァーラだけが知っている、チェルーダのいちばんの弱点だった。
作戦は、きわめて単純。ヴァーラの街に、敵の全軍を引き寄せる。その隙に、チェルーダの街を叩く。単純でそして、ヴァーラには珍しく、捨て身の作戦。
チェルーダにいたころなら、余裕があるころなら、絶対に実行しなかっただろう作戦。
「あの向こう見ずのナーダですら、こんな計画は思いとどまるでしょうね」ヴァーラは後輩のことを思い出し、自虐的に笑った。ヴァーラはこの後輩の少女に、成功の青写真よりも失敗のリスクを考えろと口を酸っぱくして言ってきた。それが上に立つものの仕事だと、信じて疑わなかった。だが、いまとてつもないリスクをとっているのは、ほかならぬヴァーラ自身だ。
「でも、やるしかない」そう言うと、ヴァーラは両手を強く握った。
リスクは避けられなかった。彼女の街は、鍛え抜かれたオムニカの軍勢の前ではひとたまりもないだろう。そして、黙っていてもやられるなら、こちらから刃を突き立てにいくしかない。たしかにヴァーラは無謀だった。だがその無謀は、ナーダの無謀と違って、完全なる合理主義に裏打ちされた無謀だった。
布陣を終えると、ヴァーラはふたたび不可視になって、オムニカの漆黒の軍勢を偵察しにいった。軍はまっすぐに、ヴァーラの街を目指していた。チェルーダとヴァーラの街との直線上、陣をすすめるにあたって、ヴァーラの軍が意図的に避けて通った道のうえを。
オムニカの軍が予定の位置にたどりつくまで、ヴァーラはしばし待った。待ちながら、街に残してきた兵たちのことを考えた。滅ぶ運命の街を、それでも築き上げた信者たちに思いを馳せた。
彼らは、ヴァーラを信じていた。チェルーダを追放されたときも、彼らは迷わずついてきてくれた。そして今日、ヴァーラを信じたままに、ヴァーラの作戦によって命を落とす。姉たちのものも含め、囮作戦には数えきれないほどの記憶があったが、それでもヴァーラは、これまでにない思いを機械の胸に感じていた。
偵察が済むと、ヴァーラは持ち場に戻った。ヴァーラは最後に一度だけ、街に残してきた、もう会うことはないだろう信者たちの顔を思い出した。そしてすぐに、ヴァーラはその愛すべき映像を破り捨て。
すべての過去に別れを告げて。
最後の大号令をかけた。
全軍、進撃。
侵攻せよ。
むかし守った、チェルーダの街へと。