背徳の少女 ⑥

ほどなくして、軍は目標にたどりついた。尖塔のライトが眩しく光り、ヴァーラの勝利と洋々たる前途に絢爛たる祝福を与えていた。

 

「勝利の塔」と名付けられたその塔は、チェルーダでいちばん高く、いちばんきらびやかで、そしてヴァーラがいちばん好きな塔だった。チェルーダのいたるところから、年中消えることのない七色のライトを見ることができた――さらには、ニーグダの荒野からも。だからヴァーラは、街を追放された後も、よくこのライトを眺めて郷愁に浸ったものだった。そして今、その塔は、ヴァーラの目の前にある。


だが「勝利の塔」は、単なる街のシンボルではなかった。その最上層部、天を衝く避雷針の真下に、《少女》のみが立ち入ることができるひとつの小部屋があった。その部屋にはありとあらゆる機械が所狭しと並んでいて、それらは《少女》にのみインストールされた特別なコードを用いてのみ扱うことができた。

 

チェルーダの心臓。《少女》たちの間で、その部屋はそう呼ばれていた。街の水道インフラから防護システムまで、ありとあらゆるものを司るその機械は、まさしく街の心臓と呼ぶにふさわしいものだったからだ。

 

ヴァーラが姿を見せると、塔の警備は簡単に解かれた。だから軍は、不気味なほど簡単に塔に入ることができた。軍の警備のもと、ヴァーラはみずから最上層へとのぼった。

 

目的の高度に達すると、ヴァーラは翼をしまい、自分の足で歩き出した。《少女》たちの私室のある廊下に入ると、ナーダやモーナと言い争った思い出が鮮明に蘇ってきた。だが、そんな思い出に浸っている場合ではなかった。ヴァーラはその甘酸っぱい記憶に断固とした別れを告げると、廊下の先端へとまっすぐに向かった。その真っ白な行き止まりには、一見してそうとはわからないひとつのくぼみがあった。

 

ヴァーラが指先をくぼみに差し込むと、純白の壁面が穏やかな光を帯びた。その恍惚とした光は壁じたいから発されていて、こんなときでなければ、何時間でも身をゆだねていられるような包容力があった。だが、そうはしていられない。ヴァーラがくぼみの中で指先をひねると、光はそのまま、例の部屋に続く純白の入り口となった。

 

確固とした足取りで、ヴァーラは部屋に踏み入った。その一歩一歩が、ヴァーラの勝利の大号令だった。街全体にけたたましく警報が鳴り響いたが、ヴァーラはまったく構わなかった。《少女》の暴走を防ぐため、部屋にはそういう警備システムが備わっている。そんなことはもちろん、織り込み済みだった。

 

ヴァーラは服をはだけて、専用の端子を出した。端子を機械のひとつにつなぐと、警報の音色が変わった。だがその警報はもはや、ヴァーラの耳には届かない。機械を起動した瞬間、《少女》の感覚は遮断され、無防備になる――暴走を防ぐため、《少女》はみな、そういうふうに設計されている。


ヴァーラは薄れゆく意識を機械と同化させ、感覚のない手でキーを叩いた。あらかじめ用意していた手順で機械を操作しながら、ヴァーラはひとり恍惚としていた。

 

勝った。その一言だけが、ヴァーラの脳裏に永遠にこだましていた。

 

もはや街全体と同化した意識の中で、ヴァーラは街の防護システムをシャットダウンするコマンドを打ち込んだ。オムニカの軍は、このシステムからの情報に依存しきっているから、こうすればオムニカは、軍をまともにあやつれなくなる。そうすれば、ヴァーラの優秀な兵たちは、オムニカの混乱した軍を打ち負かしてくれるだろう。

 

シャットダウンの準備をしています。

 

戦いが終わったなら、ヴァーラにはもうひとつだけやることがあった。用意してきたアップデートを導入して、警備システムを再起動する。そのアップデートで、チェルーダの街は、ニーグダの荒野からの道という致命的な防御の欠陥を修正することになる。

 

シャットダウン準備、完了。シャットダウン完了まで、残り 1 分……

 

ロバーキが弱点に気づいても、街を守り切れるように。

 

そして、オムニカが、あの漆黒の少女が、二度と街へと入って……

 

シャットダウン完了まで、残り 30 秒……

 

こられ……

 

シャットダウン完了まで、残り 10 秒……

 

ない……

 

残り 5 秒……

 

よう……

 

残り 3 秒……


2。1……


……。.。…

 

。。……。.。

 

……………………。

 

エラーメッセージの濁流が、ヴァーラの機械の脳を襲った。エラーです! 不吉な警報音がヴァーラの耳に戻ったが、それは外からではなく、機械の端子から直接ヴァーラに流れ込んでいた。

 

エラーです! 非常プログラム起動まで、30 秒。29、28.……。即刻、退去してください、退去してください!


わけがわからなかった。この街のシステムは知り尽くしているはずだった。わずかに残った意識で、ヴァーラは端子を機械から取り外そうとした。15 秒。だが、真っ暗な視界の中で、ヴァーラの感覚のない手は、自分の端子を探り当てることすらできなかった。

 

どうして。どうして?

 

10 秒。

 

端子は、どこ? どこ……?


最後のカウントダウンを、ヴァーラは絶望の中で過ごした。ううん、見つかるはずはないの。そういうふうに、わたしは作られているから。


3 秒。2、1、……

 

「……は、……なのよ……?」

 

ぷつり。

 

最後の瞬間、ヴァーラの耳には、ひとつの聞きなれた声が響いていた。

 

もっとも聞きたくなかった、抑揚のない声。

 

ここにいるはずのない、全能の少女の声。


オムニカ。