背徳の少女 ②

「ヴァーラさん、どうしてあんなことをしたんです!」 真っ赤な目を憤怒に燃やし、ナーダは先輩の少女を真っ向から責め立てた。まるでヴァーラの軍を焼き尽くさんとばかりに、その燃え立つ声は殺気に満ちていた。

 

「これが最良の作戦だからよ」ナーダの赤い目をまっすぐに見据え、ヴァーラは冷たく言った。ナーダとこんな会話をするのは何度目かもわからなかった。毎回そう言っているでしょう、聞き分けの悪い子ね。どうして、そう毎度のように怒っていられるのかしら?

 

ヴァーラにとっては十分な説明だったが、ナーダにとってはそうではなかった。「ロバーキの中隊ごときに、みすみすわたしたちの民を差し出しておいて、最良の作戦なわけがないでしょう!」 赤熱する金属のような髪を揺らし、ナーダは責め立てつづけた。

 

「ロバーキを甘く見ない方がいいわ」ナーダの勢いを受け流すように、ヴァーラは冷静に言い返した。もっとも、ナーダの言うとおり、ロバーキの中隊くらいなら、それほど多くの犠牲を払わずとも対処できるかもしれなかった。だが同時に、犠牲を惜しめばかえって事態を悪化させる可能性があるほどには、侮れない相手でもあった。

 

「ヴァーラさんは心配がすぎるんです!」 まったく納得していない様子で、ナーダは叫んだ。「わたしの軍でさえ、無傷で中隊を倒したことくらいあるんです! だからもしどうしても、ヴァーラさんが犠牲が必要だって思うなら、こんどはわたしにやらせてください! 犠牲なしで、ロバーキを粉砕してみせます!」

 

はぁ、ほんとうに、なにも考えてないのね。ヴァーラは溜息をついた。他人の判断を批判するとき、ひとは、判断が違っていたならありえたかもしれない最良の結果と比較して批判するものだ。そして、違った判断が悪い結果を引き起こす可能性や、そうなったときの後始末の方法には、だれも注意なんか向けやしない。ナーダが生まれるずっと前からこんな批判を受け続けて、ヴァーラはもううんざりしていた。

 

とはいえ、今日のナーダはなにかおかしかった。ふだんのナーダなら、ヴァーラを責めることはあっても、自分にやらせてくれとまでは言わないはずだ。ヴァーラは、ナーダが生まれたころからずっと、ナーダのそばにいた。だから、ナーダにそんな度胸はないことを、誰よりもよく知っていたのだった。

 

「ナーダ、なにかあったの?」 だからヴァーラは、質問を変えた。ナーダの目は依然として、怒りに燃えていた。だがヴァーラがまっすぐに見つめると、その赤い視線が一瞬だけ脇にそれるのがわかった。そこで、ヴァーラはようやく察した。「あなた、今回の囮に特別な感情が?」

 

図星を突かれて、ナーダはことばに詰まった。赤い視線が揺れ、床の石材をちらちらと照らした。だが一瞬ののちにナーダの目は再び燃え上がり、声はふたたび気迫を帯びた。「そうよ! あなたが判断を誤らなければ、ヴァックスは死なずに済んだ! あなたは、いまのとるにたらない不安のために、わたしたちの未来をつぶしたのよ!」

 

そこにモーナが割って入った。「ナーダ、ちょっと落ち着きましょう」その青い目の少女、ナーダと同じ時期に生まれた少女は、さきほどからずっと黙って、ふたりの会話をただ聞いていたのだった。

 

「ヴァックスは完璧な仕事をしたわ」ふたりに聞こえるように、モーナは計算し尽くされた声で言った。その青く深い目と氷のような声には、どこか心の深い部分をえぐり、聞いたひとに寒気を覚えさせるようななにかがあった。

 

「そうよ。死んだってこと以外ね」ナーダは吐き捨てたが、その声には先ほどまでの、焼き尽くすような熱気はなかった。

 

ナーダの勢いを削いだのを確認すると、モーナはヴァーラに向き直った。そしてひとつ深呼吸し、こう言った。「ヴァーラ先輩、ナーダはおそらく、疑っているのでしょう。先輩のお姉さま方とおなじように、先輩も狂気に陥っているのではないかと」

 

ナーダの炎のようにまっすぐな怒りと比べて、モーナの凍てつく声には、ヴァーラを不快にさせるなにかがあった。そしてその声のまま、モーナは切り出した。「正直なところ、わたしも疑っております。今回のことにこれだけの犠牲が必要だったとは、わたしもあまり思いません」

 

「あなたたちは、戦いをまだなにも分かっていないようね」年長者の矜持からヴァーラはかろうじて答えたが、その心は静かな怒りに燃えていた。敵を見くびって甘えた作戦をとった軍が、その一手の誤りによって崩れ落ちていくさまを、ヴァーラは何度か見ていた。だからヴァーラは、じぶんの作戦が誤ってなどいないと証明できた。だがいまのヴァーラには、その話をするだけの精神的な余裕がなかった。

 

「とにかく、わたしはわたしのやり方でやらせてもらうわ」ヴァーラはそう言い放つと、扉に向かって足早に歩き始めた。モーナの冷たい声が、ヴァーラの背後から襲い掛かった。「もしナーダの恐れが現実になったときには、わたしにそう伝えてください。しかるべき対処法を準備しています」

 

ヴァーラは部屋を出ると、まっすぐに自室に向かった。眼下のチェルーダの街が、夜の灯りに美しくきらめいていた。いまの議論の中身をじぶんの頭から振り落とすように、ヴァーラは小刻みに銀髪を揺らした。

 

いまここで身内と言い争うより、明日の戦いの準備をしたほうがいい。

 

そう自分に言い聞かせ、ヴァーラは努めて考えないようにした。

 

姉たちを蝕んだ、狂気に関して。

 

確実に自分を蝕みつつある、病的な思想の波動に関して。