鳥居 ➄

 約束の時間まで、あと六分だった。

 

 集合場所は、橋の向こうの交差点を左に折れてすぐ。郊外の二級河川にかかる橋だから、二十秒もあれば余裕で渡れる。権田はいま橋の逆側のたもとにおり、これが正しい橋であることを確信している。

 

 つまり一般的な見地からすれば、これは五分前行動。権田は今回、目的地に理想的な時間に到着した、ということになる。

 

 そして問題はもちろん、この川にかかる橋のうち権田が最後に渡ったのがその橋ではない、という事実だった。

 

 原因は、かれの運転手の怠慢だった。

 

 かれは職場から、タクシーで集合場所へと向かおうとした(乗り込んだ側のドアから降りられるという点で、タクシーはかれのお気に入りの移動手段であった)。初めての場所だったのにもかかわらず、権田はその場所がオフィスから見て川の反対側にあること、そしてその川がいつもかれが通勤時にわたるのと同じ川であるということを理解していた。

 

 だからかれは運転手に目的地を告げると、この経路を通ってほしいと言って、通勤に使っている橋を通る道を指定した。運転手はカーナビ代わりのタブレットをいじり、表示された経路を見て、後席左列に姿勢よく座る客の顔をいぶかしげに見定めた。言わんとしていることは権田にもすぐわかった。

 

 権田は黙って、自分が確固とした意志のある人間だということを示すように、ゆっくりと頷きを返した。説明しても通じない事情を説明すべきではないということは、かれがその生真面目な人生の中で学んできた、数少ない妥協事項のうちのひとつであった。

 

 その頷きを、運転手はまるで無視したのである。

 

 運転手の事情は分からない。通常の運転手なら、客に遠回りを強いられたなら嫌がるよりむしろ喜ぶはずである。そのぶん、余計な運賃がぶんどれるからだ。それなのに運転手が客ではなくカーナビに従ったのは、かれが権田に負けず劣らず生真面目な性格で、最適なルート以外をとることが絶対に許せなかったからなのかもしれない。あるいは経路が本社に記録され、あとで遠回りの理由を詰められるのを恐れたからかもしれない。あるいは単に、今日は早く家に帰りたかっただけなのかもしれない。

 

 いずれにせよそれは権田の知るところではなかった。そして同時に、権田にとっては許しがたいことであった。

 

 道中で居眠りから目を覚ましてカーナビを一瞥した権田は、タクシーが指定の経路を通っていないことを理解した。運転手にそのことを問うたが、「大丈夫です」と言うばかりで、話にならなかった。幸いなことに、経路は最後の最後で川を渡るものであった。だからかれは、理由は告げず、ただ橋の手前で降ろすように要求した。