ヨーロッパに旅行したときのことだ。
夕食に入ったレストラン。向こうの人間は外で食べるのがやたらと好きなようで、店の前の歩道にしつらえた布屋根の下のテーブル席に案内される。上等な席とはけっして呼べない。だがたしかに日差しと風が心地よく、食事の様式ひとつとっても、文化の違いを感じさせられる。
メニューに並んだ読めない言語の下に英語が併記されている。あらかた料理を選び、ドリンクの欄を見る。区別のつかないビールやウイスキー、ワインやジンなどのページをかきわけ、ソフトドリンクの欄を見つける。
気分を高揚させる文字列がそこに書いてある。ホームメイド・レモネード。
どの国だったかは覚えていない。一か国だけではなかった。東側の国に多かった気もするが、それはわたしがよく行くのが東側だからだろう。とにかくそれはヨーロッパのどこかであり、わたしはべつにヨーロッパかぶれではないから、それ以上のことを聞かれても困る。
とにかくその、なんだか上等で創意工夫の余地にあふれていそうなところだけが共通した、店によって味わいの違う飲み物が、低い日差しを受けてきらめいているのを前にして、わたしは喜ばしい気分になった。
ほとんどのひとが知らない文化だろうから、説明をつけておこう。
中身はさまざまである。レモネードというが、かならずしもレモンの味がするわけでもない。色も赤、ピンク、黄色、緑とさまざまで、気合の入った店のものは、上のほうと下のほうで色味が違ったりもする。柑橘類のスライスがグラスに刺さっていることも多く、果肉がつぶつぶとした食感を演出したりもしている。
と、とにかくそういう、ここでしか飲めない感じのする、アルコールの入っていない飲み物である。
これがヨーロッパ固有の文化なのか、わたしは知らない。そもそもヨーロッパというのは、同じ文化としてひとくくりにできるような単位ではない。特定の国で発生したのを他所が真似しただけかもしれないし、各所で自然発生的に現れた文化かもしれない。なんならアメリカにもあるかもしれない。そういう歴史に興味はあるが、わざわざ調べるほどの興味でもない。
だがそのホームメイド・レモネードを、日本で見たことはない。
ご想像の通り、それらは結構高い。ソフトドリンクの値段ではない。業務用の冷蔵庫から出してどうでもいいグラスに注ぐだけのやつではないのだから当たり前である。
だがそれでも酒より高いことはない。だから飲み会の出費として、わたしにはそれを払うだけの準備がある。だが店にないなら、どうしようもない。