激情 ②

「芸術の道を志したあなたがたには、それぞれの熱い想いがあるはずです。ことばでは言い表せない、原初の感情としか呼びようのないものが。それらこそが創作の原動力であり、あなたがたが用いることのできる最高の道具なのです」彼の脳裏に、教員の声が蘇った。彼がいま苦しんでいるこの課題は、このように胡散臭く軽薄で、何にでも陳腐な詩的表現を混ぜ込まなければ気が済まない三流芸術家によって出されたものだった。

 

そんなくだらない奴のために自分の貴重な時間を使うなど間違っている、彼は何度もそう思った。けれども教員本人の価値の無さに反して、課題そのものの目的はきわめて明快で、正しかった。どんなにくだらない人間でも、価値のあるだれかのやっていることを模倣することはできる。そしてその見様見真似が、偶然にも要点を外さず、もとと変わらぬ価値を持ってしまうことだってたまにはある。

 

見下している相手がまっとうな課題を出したという事実を、そして自分がそれに苦しんでいるという事実を、彼はそのように解釈していた。事実、彼の平坦な脳波をいまも記録し続けているこの機器は教員の作ではない。これは市販の脳波計であり、いち芸術家が作ったり改造したりできるものではない。それを用いて芸術家の感情の昂ぶりを客観的に記録し、参照可能な形で保管しておくというアイデアだって、きわめて一般的なものだ。

 

「それを作品に直接ぶつけるのも良いですが、もっと賢明な方法があります」気障りな声で教員は言った。悔しながら、それは彼の考えと同じだった。「いっときの激情は、たしかに素晴らしい作品を生む可能性があります。サッカーボールを力任せに蹴れば、ゴールに入ることがあるのと同じです。けれどもそれ以上に、作品を台無しにしてしまうことのほうが多いのです。ただ闇雲にボールを蹴るのではなく、みずからの感情の力と方向とを適切にコントロールすること。必要な感情を必要なときに喚び覚ませるということこそが、技術と呼ぶべきものなのです」

 

そして彼に足りないものは、感情をコントロールする技術などではなかった。技術はある、この期に及んで彼はそう信じ切っていた。足りないのは、激情そのもの。芸術家なら当然持っているとされている、喜怒哀楽の爆発。なにかを心から愛し、そして心から嫌うことのできる感性。

 

手の中のスライムを彼は怒鳴りつけた。近所の住民に気を遣ったその中途半端な咆哮は、ただスライムを唾で濡らしただけだった。脳波計の曲線はびくともせず、ただ時間だけが、どんよりと過ぎていった。