いたずらの霊

未練の強さなら、だれにも負けない自信があった。

 

やり残したことは大量にあった。たくさんの楽しいことを計画していたし、そのほとんどがいまだ未達だった。具体的な計画になっていない妄想まで含めれば、もう星の数ほど。

 

だから必ずや、現世にとどまれる自信があった。

 

だからあのとき。居眠り運転の車両運搬車が片側四車線の道路を爆走し、巨大な交差点の横断歩道に猛スピードで突っ込んできた瞬間、俺はむしろ、きたるべき輝かしい未来に胸をふくらませていた。なにせ、幽霊になれるのだ。幽霊にさえなれれば、いろんなことがお茶の子さいさいだ。生身ではけっしてできないことが、簡単にできる。

 

そう。壁を抜けて建物に侵入できるという一点だけを取っても、どれほど便利な能力だろうか! どれだけ俺が、その能力を必要としていたことだろう!

 

もちろん、現在の計画は多少変更する必要がある。計画は生身の俺が生きている全体でたてられているからだ。だがもちろんその変更は、ものごとをいいほうに変える変更だ。世の中のたいていの回りくどい計画ってものは、メンバーに幽霊がひとりいるだけで、たちまちめちゃくちゃ簡単な計画になるもんなんだ。

 

そして俺こそが幽霊なのだ!

 

あまりの嬉しさにスキップを始めたところで俺は跳ね飛ばされ、轍に轢かれて即死しながら俺の頭はいたずらのことでいっぱいになった。俺はいたずらが大好きだ、人生をいたずらに捧げてきた。いたずらのアイデアを、朝から晩まで考え続けて生きてきた。だがその少なくない割合は、俺が生身の人間であるがゆえに、どうしても実現する方法を見つけられなかった。そんな大量の未達のいたずらが、走馬灯のように俺の脳裏を駆け巡る。

 

上司の自宅に侵入し、寝ている間に顔を真っ白に塗ってやろう。

妹の姿に化けて、職場の先輩からの告白に勝手にイエスと返してやろう。

駅前のうさん臭いバーのマスターになり替わって、あの味音痴な成金の客に、最低ランクのワインを飲ませて感想を聞いてやろう。

銭湯のロッカーを透過して全員分の靴下を片方だけ盗み、ほかの奴の靴下と取り換えて、あわてふためく利用者を観察しよう。

歪な身体の人間に扮して行楽地に赴き、記念写真の背景に映り込むことで、やってもいない加工の痕跡を SNS の投稿に刻み込んでやろう。

 

幽霊になると分かって、そういうあまたの楽しい妄想は、とたんに現実のいたずらの選択肢になる。ドアの隙間に黒板消しを挟むとか、そういうちゃちなやつじゃない。本物のいたずらが俺にはできるのだ!

 

だから一瞬ののち、自分の両手が真昼の太陽に透き通っているのに気づいた俺は、迷わず最初の行動を開始した。