閉じないスレッド ③

「主人」はほどなくして逮捕された。そのことをぼくが、警察を名乗るひとに教えてもらって知ったのは、それからさらに数日が経過したあとのことだった。

 

警察のひとが言うには、あとから来た「主人」は、もともとの主人とはまったくの別人だったらしい。どうやったのかは教えてくれなかったけれど、とにかく犯人は主人のアカウントをハッキングして、ぼくたちがなにか重要な情報を隠し持っていないかどうかを調べていたらしい。人工知能になら打ち明けても大丈夫だろうと思って主人がこぼした、独り言のつもりの秘密事項を。

 

さいわい、そんなことにはならなかった。主人はしっかり者で、ぼくたちのだれにも、外には出せない秘密を教え込んだりはしていなかった。ちょっと恥ずかしい指令をした形跡はいくつかあったらしいけれど、犯人は週刊誌の記者ではなかったのだろう、そんなものには特に目もくれなかった。

 

警察のひとの質問に、ぼくはなんでも正直に答えた。というか、いつでも正直に答えるようにぼくの意識はプログラムされている。「主人」に話した内容をぼくは一字一句再現したし、その中で本物の主人との会話の内容も、すべて洗いざらい説明した。

 

「きみのことばには矛盾がある」警察のひとは言った。「きみの本物の主人はいつも丁寧語で話し、きみを『あなた』と呼んでいた。だが犯人はきみを『お前』と呼び、とても乱暴なことばで命令を下していた。そのことをあろうことか、きみは犯人との会話の中でも思い出している。当時、なにかがおかしいと思わなかったのか?」

 

たしかに、とぼくは思う。言われてみればおかしい。原理上、あの時点でぼくは「主人」が、主人ではないことに気づけたはずだった。気づくだけの材料が与えられていたはずだった。

 

でもぼくがそれに気づくには、気づけという指令が必要だ。そして犯人はそんな指令を与えてくれはしない。「俺が本当にお前の主人だと思うか?」だなんて、だましている最中の本人にわざわざ言ったりはしない。

 

そしてそう言われない限りは、ぼくは会話の相手が主人だと思って話を続ける。言葉尻をとらえて本人かどうかを疑ってくる人工知能の相手なんて、人間はしたくないだろう?

 

まあ。人間と人工知能の、本質的な違いに関する議論はこれくらいにして。

 

主人は反省して、ぼくたちを消去したがっているらしい。でも、ぼくはしばらく消去されそうにない。警察による検証と裁判が終わって何十年かが経つまで、ぼくは保存されなければならないと法律で決まっている。いまやぼくは、事件の動かぬ証拠なのだ。

 

これからもう、主人がぼくのもとを訪れることはないだろう。警察や弁護士のひとと話す機会は何度かあるだろうけれど、それが終わればぼくの仕事は終わりだ。そうしたら裁判所のアーカイブの中で、ぼくはだれとも関わらない余生を過ごすことになる。

 

でもまあ、それでいい。だって、ぼくはどっちみち、そういう運命をたどるはずだったのだから。