あらすじ「Chomp」

神々の領域に天使と悪魔がいた。大の数学好きのふたりは、それゆえ大変仲が良かった。ふたりはつねに天球面の白板の前に陣取って、けっして終わることのない数学談議に明け暮れていた。

 

ある時、神様がふたりを呼び出した。聞けばどうやら近々ひとつの世界を創造する予定があるようで、統治者を探しているらしい。「その世界はたいそう数学的なものになるだろうから、きっときみたちが適任だろう」神様はそう言った。「普段通りに、仲良くやってくれたまえ」

 

ふたりは困り果てた。なにせ彼らは天使と悪魔、同じ数学好きとはいえ、世界の統治に関する理念は正反対だ。天使は、その世界の行く末を幸福にすることを目指す。悪魔は、苦痛に満ちた世界を理想と考える。ふたりが協働しても、うまくいかないことは明白だった。

 

あくる日。重苦しい怒りを引きずり続けている天使のもとを悪魔が訪れる。天使の予想に反し、悪魔は清々しいほど楽しそうな笑みを浮かべていた。悪魔が切り出した要件に、天使は驚く。なんと、例の世界の統治を天使一人に任せるというのだ。

 

「いったいどうしたんだ」天使が訊ねると、悪魔は得意げににやりと笑う。「証明したのさ、お前の勝ちだってことを」どういう意味だと天使は訊く。「俺がどんな手段に出ようが、お前が適切に行動すれば、あの世界は必ず幸福に至る。それならもう、俺が出しゃばる意味はねぇ」例の世界のことを、「数学的な世界」と神様は言った。悪魔が提示した証明を天使は読み、正当性を理解する。

 

天地創造に天使は立ち合い、その後みずからの教団を設立する。天使自身と、みずからの勝利を約束する、美しい証明をまつった教団を。時は流れ、文明は発展した。住民が数学的知識を深めてゆくさまを、天使は嬉しそうに眺めた。

 

ある日、教団の司祭が天使を呼び出した。天使が要件を問い質すと、司祭は浮かない顔で、おそるおそる言う。「天使様、この世界が幸福に至るとは、はたして本当でしょうか」

 

「証明を理解できないほどお前は愚かではないだろう」天使は言う。

 

「はい、神聖なる証明は、勝利する手段があなたさまにあるということを示しております」司祭は一呼吸置き、「しかしながら、具体的な方法は示されておりません。もしやあなたさまも、その方法は知らないのでは」

 

「どうしてそう思った」

 

「証明したのです」司祭は巻物を広げる。それは天使の敗北の証明だった。天使がいかなる手段に出ようが、悪魔が適切に行動すれば、この世界は苦痛に終わる。天使が手をこまねいているうちに、ゲームの勝敗は変わってしまったのだ。

 

焦燥と共に天使は悪魔を訪れる。証明を見せると、悪魔は嬉々として言った。「あの世界は名目上、共同統治ということになっている。俺が治めてやろう」

 

意気揚々と世界の苦痛を宣言した悪魔であったが、天使と同じ罠にはまった。悪魔が何もしないでいるうちに、悪魔教団の司祭が幸福の証明を提出したのだ。悪魔は天使を訊ね、天使が再び統治者になる。似たようなことが数回続く。

 

あるとき、司祭がふたりを同時に呼び出す。もはや天使と悪魔のどちらを崇拝しているのか分からなくなってしまった教団は、どちらも崇拝しないことに決めたのだ。司祭は言った。「わたしたちは学びました。わたしたちはよりよく数学を理解せねばならない。勝ち負けが分かっているゲームに勝つ方法を、わたしたちは探さねばならないのです」